第40回日本病院管理学会学術総会開催のねらい

第40回日本病院管理学会学術総会 総会長 舟谷 文男
(産業医科大学 医学部 医療科学講座 教授)

 急速に進行する未曾有の少子高齢社会を迎え、21世紀の日本には、新しい生活秩序が求められてきています。当然のことながら、保健・医療・福祉の社会的役割の重要性は増すばかりですが、その一方で、「いつでも、どこでも、誰でもよい医療」をテーゼに定着をみている国民皆保険制度が、低迷する景気と社会保障財源の逼迫から崩壊寸前の状況にあることが危惧されております。加えて医療保険制度改革が断行されようとしていますが、競争原理の導入のみが強調された内容では現状を打開することは出来ません。むしろ、保健・医療・福祉の質の向上を目指す具体的な目標設定を明確に提示した上で、経済効率性の追究と健全経営に向けた体質改善を車の両輪として改革を進めなければなりません。このような現代社会の大きな変化に的確に対応することが、保健・医療・福祉関係者の責務であると考えられ、社会保障の基本原則に立ちかえった議論を重ね、少子高齢社会に相応しい保健・医療・福祉の体系を、地域ごとの事情に則して再構築することが喫緊の課題といえます。
 日本病院管理学会は、敗戦後焦土と化した日本に駐留してきた連合軍が、医療の近代化を要求したことに端を発し、国立病院管理研究所が創設されたことに続いて各大学・医学部で研究教育体制の整備が進み、その後、保健・医療・福祉のパラダイム転換を目標とする学究的な医療関係者の努力により1963年に創設されました。当学会会員の研究成果は、日本の医療制度の整備や地域ごとの医療資源配分、医療評価、医療経済、医療施設経営などの理論的基盤の確立に貢献してきましたが、今般、第40回日本病院管理学会・学術総会を、平成14年11月1日から2日までの間、産業医科大学・医学部・医療科学講座が幹事校となり、私が、総会長として北九州市国際会議場において開催することとなりました。
 プログラムのとおり、「暮らしの中の保健・医療・福祉−地域の情熱と行動−」を主題に、地域ごとのより良い保健・医療・福祉の総合的な体系の実現を目指す観点より、特別講演、シンポジウム、課題発表のセッションなどを準備し、凡そ650名の全国の研究者、実務者が共に21世紀の方向を探り、保健・医療・福祉改革の知恵を共通理解する場にしたいと考えております。なお、市民も自由に参加できる公開シンポジウムを併せて開催する予定です。
 つきましては、以上の趣旨をご賢察賜り、本学会の学術総会開催のご協力をいただきたく、茲にお願い申し上げます。

巻頭言 『地域ケアのビジネス・パラダイム』  

 未曾有の少子高齢社会を迎え、21世紀の日本には新しい生活秩序が求められてきている。介護保険制度がその試金石として各自治体を保険者として創設され、医療と福祉を融合した分野で、一昨年の4月から開始された。そこでは、社会保障を今までのような「ほどこし」の概念から脱却させ、ノーマライゼーションの理念の浸透に合わせ、元気な人も、病弱な人も、寝たきりの人も、一人暮らしの老人も、皆なが共にふれあい、社会生活での安全ネットを強化し、介護地獄を払拭するための相互扶助の地域社会システムを確立させることが要点である。なお、そのための地域社会の仕組みづくりは、21世紀に繋げるというお題目だけの社会的実験で、地域住民からの保険料や税金を浪費するだけの取り組みでは許されない。したがって、現場の医療・福祉の専門職が介護現場を直視して、地域ケアネットワーク形成の牽引役となることが求められてきている。
 これからの地域社会システムは、住民の日常生活に密着したそれぞれの地域社会特有の問題を、行政だけでなくその地域社会を構成する個人、家庭に加え企業、学校、地域医師会、老人会、自治区会などの各種団体が一体となって、Face to Faceのネットワークの中で、個々の問題解決に取り組んで行く全員参加型の体制づくりが基本である。とくに地域ケアのあり方は、行政が与えるおまかせ福祉のような「措置」ではなく、個別性を重視し、市民の望むサービスをきちんと準備し、サービス選択の自己決定を支援するシステムに移行しなければならない。また拍車をかけるように少子化の問題も深刻化してきており、高齢者のみならず若者や新婚カップル、子育て奮闘中の親達の存在を視野に入れ、個々の市民のライフステージに対応できる一体的な連携体制の構築が、地域の総力戦によって実現することが求められている。
 このようにみてくると、地域ケアのような21世紀の内需拡大に繋がるビジネス分野に、日本全体を標準化されたマーケットとして捉え、大量生産・大量消費型のビジネス・パラダイムを持ち込んでも失敗は目に見えている。なお、規制緩和の流れに乗って、この分野への民間参入を叫ぶ輩がいるが、その提唱者達は、すでに破綻している米国医療を経済効率性の面で模倣をしているにすぎない。経済効率性の追求だけで、より良いケアがより安心して簡単に得られることは絶対に実現し得ない。この分野の成功の鍵は、日本各地の徹底した地域文化理解と地域特性に立脚した地域融合型のサービス提供方式を基盤とし、サービス利用者ごとの個別ニーズに対応するケア・マネジメント能力の高い人材を活用することにあるといえる。
文責:上記事務局(産業医科大学 医学部 医療科学講座)
更新日:平成14年3月28日