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医学概論とは何か −その歴史と意義


教授  藤野 昭宏


はじめに

 現在の日本の大学医学部において、「医学概論」という名称の教室が医学概論教育を担当してきたのは、おそらく大阪大学(中川米造氏)と筆者が所属する産業医科大学だけではないかと思われる。医学概論と称する医学入門に関する講義科目が存在する大学医学部は少なくないと思われるが、医学概論を専門とする教員が医学概論教室を主宰しその教育を担当する大学は、現在のところ80ある大学医学部のうち産業医科大学のみであろう。大阪大学で澤瀉久敬先生によって医学概論の基礎が確立され、中川米造先生によって発展した医学概論の伝統が、産業医科大学でどのように受け継がれ、また独自の展開をしてきたかについて簡単に述べ、現在行っている医学概論教育の実際を紹介したいみたい。

医学概論教育の変遷と問題点

 産業医科大学は、1978年に企業や労働衛生機関で産業医として働く医師を養成する目的で当時の労働省を母体として設立された政策目的大学である。初代学長に就任した土屋健三郎により建学の使命(表1)が提唱され、「人間愛に徹し、生涯にわたって哲学する医師」の養成が産業医科大学における医学教育の基本骨格であり真髄であると唱われた。この精神が机上の謳い文句に留まることがないようにするため、開学当初から全学的な組織である医学概論専門委員会が設置され、1981年に就任した専任教員(伊藤幸郎助教授)が教授に昇格する1986年まで、委員長(第一内科教授)と副委員長(哲学教授)が1年から6年までの計22単位の医学概論教育の企画と運営を行った。
 基本的な教育手法は、6学年を2学年ずつ3クラスに分けて、心と身体、東洋と西洋、医学と倫理などの10テーマを6年間で総合人間学として修了させるもので、講師には各界の著明な学者を招待して傾聴させる従来通りの講義形式であった(表2)。やがて学生や教員の双方からこうした教育手法の限界が指摘され、1983年度から入学した間もない1年生に重度心身障害児施設で実習をさせるという早期体験学習(Early Exposure)を開始した(表3)。さらに、チュートラル形式の少人数セミナーを取り入れ、学生が主体的に学習できるように工夫された。また、必修として22単位を修得させるのは多すぎることから、16単位に減少させ、さらに1996年からの新カリキュラムからは8単位となり、1年、2年、3年と6年を各々前期担当することとなった。 また、2001年からは、臨床診断学の医療面接実習も担当することになり、現在、1年、2年、3年、4年及び6年を対象に講義及び実習を行っている。

医学概論教育の実際

 1999年から筆者が医学概論教育を担当することとなったが、前任者によって築かれた貴重な教育遺産であるEarly Exposureはそのまま引き継ぎ(但し、実習期間を1泊2日から2泊3日に延長した)、2年から6年までの講義に関しては筆者が全面的にカリキュラムを新しく再編成した。これは、これまでの総合人間学としての伝統を大切にしつつも、次に述べるところの医学概論の3つの基本柱ができる限り系統的に学べるように工夫し、かつ自主的な参加型学習を各学年に取り入れたことが大きな特徴である。また、5年次ではOSCE(Objective Structured Clinical Examination)のための医療面接実習を新たに担当することとなった(表4)。
 医学概論の基本柱として、現在のところ、生命倫理、医療人類学、臨床倫理の3つを考えている。かつて故中川米造先生は医学概論の基本的学問として、医哲学、医史学、医社会学(医学教育)の3つを提唱されたが、これらはすべて先の筆者が提唱している3者に含まれるものであると考えている。すなわち、生命倫理には医哲学と医療倫理が、医療人類学には医史学と医社会学が、臨床倫理には臨床死生学や患者学および医療面接を代表とする実践的医学教育が各々含まれていると考えている。

(産業医科大学で現在行われている医学概論教育の詳細は講義と実習を参照)

医学概論教育の原点

 医療概論教育の原点は、「学生は患者とともに学習を始め、患者とともに学習を続け、患者とともにその学習を終える(W. Osler)」ことであると考えている。決して机上の論議に終始することなく、臨床現場の体験的実感が伴った深い思索が大切であると思われる。その意味では、卒前教育の中で医療倫理の教育を行うことには限界があるかもしれない。しかし、卒前教育を通して、彼らの純粋な心に医師や医療関係者になってから芽生えてくる「医の心」の種や苗を植えておくことは、卒後における倫理教育よりも遥かに重要ではないかと確信している。

 

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文責:産業医科大学 医学概論教室  最終更新日H19.4.2