感染防止対策 (バイオハザード対策)

 
1.感染防止の基本

 1)病原体の分類

    通常病原体の分類は、人に対する危険度を基本に分類されている。その基本は、A : 病原体の人に
  対する病原性 B : その病原体の感染に対する確実な予防あるいは治療法の有無 C : 研究、医療機関
  の属する地域社会での、病原体の疫学的状況など、の3点である。
  アメリカ防疫センター(Centers for Disease Control;CDC)の案に従い、わが国でも国立予防衛生
  研究所および東京大学医科学研究所が、危険度分類を行っている。

  2)侵入経路

   剖検時などの病原体の侵入経路として、A : 呼吸器系(鼻、口腔)から吸い込む B : 血液その他の
  体液の扱い、病巣切開の際に飛沫を粘膜(眼、鼻、口唇、口腔)に浴びる C : 注射針やメスで傷つけ
  る、などが挙げられる。
  CDCが発表した医療従事者の一般的な院内感染経路は,A : ウイルスで汚染 された針による針刺し
  事故(68%)B : 針以外の汚染器具による事故(8%)C : 元来あった開放創(眼に見えにくいものも
  含む)への汚染(10%)D : 粘膜汚染(16%)(血液・血清86%,唾液8%、尿2%、その他4%)
  となっている。

 2.剖検時の感染防止対策

 1) 注射針やメスなどによる負傷事故に最大限の注意を払う。一人がメスや鋏を動かしている時に
   他の人は絶対同時に、同じ部位の作業をしてはならない(負傷の原因となる)。
   剖検中に,替刃などの刃を替えることをしてはならない。前もって、必要数を用意する。
   使い捨ての注射針、メスなど鋭利な器具は、穿通できない容器に捨てる。使用後注射針にキャッ
   プを戻すときの針刺し事故が最も多いので、使用した針には再度キャップをつけず、そのまま
   容器に捨てるなどの工夫をするべきである。

  2) 血液その他の体液、臓器切開による飛沫、エアロゾルの発生を防ぐ。鋸は手動のものを用いる
   のを原則とするが、頭蓋骨切開時、電導鋸(ストライカー)を使用する際、作業者は全面フェー
   スガードを装着するほうが望ましい。

  3) 遺体の修復にはテープなどを多用し、針を用いた縫合は最小限にとどめる。

  4) 事故発生の際には責任者(大学内感染対策委員会など)に直ちに報告し、出来る限りその原因
   究明に努力しその経緯を文章として残しておく。

  5)着衣,防具について

   皮膚露出部を完全に被覆し、防水性、作業性が損なわれないこと、廃棄もしくは消毒が可能である
  ことを必要とする。そのためには、使い捨ての物が望ましいが、再度使用する際には使用後直ちに
  消毒が必要となる。

  @ :
手術用ゴム手袋をし、綿の薄い手袋をつけさらに手術用ゴム手袋をする。綿の手袋に血液が
    つくことにより外側のゴム手袋の破れが発見できる(簡易ビニール手袋は不可)。
  A :
眼の防護にはゴーグル(曇り防止のものもある)をつける。
  B :
下着の上には,ズボンのほか長袖ガウン(防水性でない時はビニール性アームカバー,常に
    清潔なものを用いる)をつける。
  C :
術着の上に防水エプロン(長袖の半分以上が隠れる)をつける。
  D :
マスク(鼻、口を充分に覆いうる大きさのもの)。
  E :
帽子を被る。
  F :
長靴をはく。下駄等を使用してはならない。

   剖検終了時は、使い捨てにするものと、しないものを別々の防水袋に入れて,オートクレーブで
  滅菌するか、薬液につけた後廃棄する。または、再使用のために洗濯をする。
  長靴は表面に薬液を散布し、靴底は薬液につける。なお、薬液につけたものはオートクレーブする
  必要はない。

  6) 原則として、防護着衣をつけた執刀者と介助者および遺体や臓器に直接触れない補助者
    (検体取り扱い者、写真撮影者、立ち会い警察官など)以外は解剖室に入るべきではない。
    学生の見学は最小限の人数にとどめ,着衣は執刀者に準じたものを用いる。

  7) 作業区域は,解剖台の周辺のごく限られた範囲にとどめ,むやみに室内全域に汚れたものを
    置いたり、汚れた手であちこちに触らないようにする。
    血液などが床に付着した場合、速やかに殺菌剤付きのガーゼで汚染除去する。

  8) 使用済み注射針およびメスの替刃は,廃棄用容器に入れる。

  9) 検査の目的のため血液などの液状検体や採取臓器を解剖室から持ち出す時には栓(蓋)付き
    容器に入れ、その外側を消毒したのち運搬用箱などに入れる。また全ての試験管、運搬用
    容器には、要注意のためのマーク(関係者が誰でも判るラベルなど)を付ける。
    廃棄する体液や血液はそのまま流さずに,エタノール(100%)や次亜塩素酸ナトリウム液
    (0.1%)あるいはホルマリン(5%で可)の入った容器にとり、一定時間後水で希釈して
    流すか,100
以上30分間の熱処理後排水処理する。

  10
) 全臓器は,採取後直ちにホルマリン液などの固定液に漬け、ホルマリンが十分浸透するよう
    1〜2週間以上固定し、しかる後に切り出しなどの作業を行う。

  11
) 手袋、ガウンをとった後、手を十分に洗う。

  12
) 眼に消毒液をかけるわけにいかないので、飛沫などを浴びぬよう十分な注意をする。
    眼鏡使用者は、眼鏡の消毒を行う必要がある。

  13
) 解剖術式も感染防止の原則にのっとり見直しする必要がある。
    剖検終了後,遺体および解剖台の洗浄は水で行うのだが、水をいきおいよく出して飛沫が
    周囲に飛び散ることがないよう注意する。常に剖検台の上で全てを終わらせる気構えで行い
    床を水で流し洗浄することは行わず、床は汚染させないことが原則である。汚染した場合は
    消毒剤をひたしたガーゼで汚染除去する。
    剖検所見の記録は手記している機関が多いが、感染防止の面からワイヤレスマイクおよび
    レコーダーを用い、音声による記録が望ましい。

 3.検査試料の取り扱い時の感染防止対策

  1) 実験室あるいは検査室においての血液や臓器などの取り扱いは,必ずキャビネットあるい
    はドラフト内で作業を行う。また検査終了後、保管するための必要最低限の試料を除き、
    速やかに試料は廃棄する。廃棄する血液などの体液はそのまま流さずに、100%エタノールや
    次亜塩素酸ナトリウム液(0.1%)あるいはホルマリン(5%で可)の入った容器にとり、
    一定時間後水で希釈して流すか、100
以上30分間の熱処理後排水処理を行う。
    保管するための容器は、密封出来る容器を用い、汚染物質であることを明確に表示する。

  2) 試料を取り扱う業務を行う際は、必ず実験衣(防御衣)を身につけ手袋をし、必要な場合
    には、マスクおよびフェスガードあるいはゴーグル(ホモゲナイズあるいは超音波破砕など
    飛沫が飛ぶ可能性がある場合)も装着すべきである。
    ピペッティングの際は口を用いて行ってはならない。

  3) ホルマリン固定終了後の臓器あるいは切片の取り扱いに関しては、細菌学的配慮は不要
    である。
    固定不十分な臓器を取り扱う場合は、実験室あるいは検査室はさけたほうが望ましい。

  4) 実験室あるいは検査室は常に清浄な状態に保ち、実験台などの表面は、家庭用漂白剤の
    10
倍希釈液で検査終了後洗浄する。血液などが実験台あるいは床などに付着した場合は、
    速やかに殺菌剤付きのガーゼで汚染除去する。

  5) 検査に使用した機材は一定時間滅菌槽などにつけてから洗浄する。汚染領域で使用して
    いる器機が故障した場合は、その器機を洗浄し汚染除去を行った後、できるだけ汚染領域内
    で器機の修理を行う。

  6) 作業終了後は手を十分に洗う。実験室あるいは検査室で用いた実験衣(白衣)はその場所
    を離れる際には必ず脱ぎ、汚染が考えられるときは速やかに滅菌消毒を行う。
    実験室の出入口には必ず実験衣用ハンガーおよびハンガー置き場を確保する。実験衣を制服
    代わりに用いてはならない。実験室用との区別が明確にできる着衣に着替えるか、
    居室にて実験衣を身につけない習慣をつけることが望ましい。

  7) 居室と実験室あるいは検査室の区別は明確にし、実験室あるいは検査室を居室代わりに
    用いてはならない。実験室あるいは検査室では飲食、喫煙は絶対してはならない。
    部屋の都合上、居室で簡単な検査も行っている部署において特に厳守しなければならない
    ことは、その場所での飲食、喫煙を絶対行わないことである。

  4.解剖室の設備に関する感染防止対策

  1)解剖前室および通路

     人の動線を一方向とし、混じらないようにする。解剖前の汚染していない状態で入室し、
    解剖終了後の汚染している状態で解剖室から出る際、人の動きにおいて汚染状態と非汚染状態
    が交差しないような解剖前室の構造にする。汚染ゾーンと非汚染ゾーンを明確に分け(色分け
    あるいは表示をする)、人の動きが交差しないような構造にする。

  2)換 気

     @ :
空調は解剖室単独のものとする。
     A :
吸気系は吸気ダクトにプレフィルターをつける。
     B :
換気方向は天井より床面(解剖台)に向かい一方向とする。
     C :
排気口は床面に近い側面にもうけ、HEPA フィルター(0.1mm)をつける。
     D :
室内を約5cmHgの陰圧の状態にする。

  3)排 水

     @ :
解剖室の排水管は2ヶ所に密閉式のものをもうけ、排水溝はもうけない。
     A :
解剖室、準備室、浴室の排水は全て熱処理システムに通し、その後排水する。
     B :
熱処理システムが設備されないときには、一回の解剖に使用する水、薬液が貯められて、
       かつ必要により消毒液を投入でき、また一般下水道に流しうる基準まで水を希釈し得る
       能力を有する大きさの処理槽を作ることが望ましい。

  4)解剖台

     排水時の熱処理システムが設備されないときには、解剖台上の遺体を載せるステンレス
    すのこ(移動式)の下に薬液を貯める槽を作り、使用時に栓をして薬液を張り、使用ずみ
    器具をいれて汚染の拡大を防ぐ。

  5)天井面,壁面および床面

     @ :
床面は,耐薬品性の表面平滑な素材のものを用いる(床面は水を流して洗う方法から
       薬品または水で拭きあげる方法とする)。
     A :
床面は,汚染ゾーン(解剖従事者ゾーン:解剖台から周囲2m)と非汚染ゾーン
       (立ち会い警察官および見学学生ゾーン)の色分けをする。
     B :
床面と壁面の角はRをつける(角をつくらない)。
     C :
壁面も床面と同様に表面平滑な素材のものを用いる。
     D :
窓は開閉出来ない、一重の頑重なガラスを用いる。
     E :
照明は天井埋め込みとし、頭部、所見台にはスポットライトを当て十分明るくする。
 
  6)シャワー室

     剖検終了後,汚染ゾーンから出る際、必ずシャワーで体を洗うことが義務づけられている
    ため、シャワー室をもうけること。従来の風呂形式は望ましくない。

  7)保守および維持

     床および解剖台そのほかは洗浄後70%エタノールを用い拭きあげ,紫外線ランプ点灯後
    解剖室をでる。最低2ヶ月に一度は全自動ホルマリン消毒機による解剖室全体の殺菌を行う。
    解剖室にオートクレーブを必ず常設しておく。

  5.消 毒 法

    ウイルスについてはHBVキャリアからの感染防止対策を基本におけばよい。器具、解剖台
   などの消毒には次の処理法を用いる。

   
 次亜塩素酸ナトリウム溶液   0.5 %     1030
                  0.10.01     60

   
 ホルマリン水          10      1030

   
 消毒用エタノール       70      1030

   
 グルタールアルデヒド      2      1030

     
オートクレーブ        120
     20

     
煮 沸            100℃     20

    遠心器、冷蔵庫、ストライカーなどはオートクレーブに入れるわけにはいかないので,汚染部
   とその周辺を丁寧に上記薬液で拭くとともに,次亜塩素酸ナトリウムによる腐蝕防止に気をつけ
   る。また、これらの薬剤で処理した衣類などはオートクレーブにかける必要はなく、かえって
   オートクレーブの破損を招くので注意する。

  6.汚染事故時の対処

    手指などが血液その他の体液で汚染された場合、負傷していなければ直ちに流水で充分に洗い
   次亜塩素酸ナトリウム溶液などで消毒する(次亜塩素剤などはエイズ、ウイルス性肝炎、結核
   などに適する。70%消毒用アルコールはウイルス性肝炎に無効)。注射針やメスなどで刺創、
   切創をうけた場合は、直ちに創口からなるべく血液を絞り出しながら、流水で十分に洗い、
   上記と同様に消毒する。HIV、HBVおよびHCV感染者あるいはその疑いがある者の血液
   その他の体液での汚染事故が生じた際には、責任者(大学内感染対策委員会など)に直ちに報告
   する。
    汚染事故によりHIV感染の恐れがあった場合、事故直後、1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後
   および1年後にHIV抗体その他の検査をうける。また、感染予防にAZTの内服をうける。
   なお、厚生省エイズサーベイランス委員会により「HIV感染症診療の手引き」が作成されて
   いる。
    B型肝炎の場合、抗ヒト免疫グロブリンとHBワクチンの投与によってHBV感染を予防する
   ことができる。また,厚生省研究班により「B型肝炎医療機関内感染対策ガイドライン」が作成
   されている。HCVではHBVの場合と異なり抗ヒト免疫グロブリンで感染を防止できず、その
   予防には針刺し事故などを起こさないよう十分な注意が必要である。


                                         文責法医学教室 更新日:2011/08/01