研 究 内 容

1.メタン生成古細菌のエーテル型脂質構造の解析

2.古細菌のエーテル型脂質の生合成

3.脂質による古細菌と真正細菌の分化・系統関係の研究

4.メタン生成古細菌の微生物学

キーワード:メタン生成古細菌、古細菌、エーテル型脂質

生体物質化学教室では、古細菌の脂質生化学的研究を中心課題にしている。

 この研究は、1980年、北九州市日明(ヒアガリ)の下水処理場の嫌気消化汚泥からメタン生成古細菌を分離することから始まった。同菌はギ酸資化性のあるMethanobrevibacter arboriphilusと同定された。これは日本で種レベルで同定された初めてのメタン菌である。1982年、本菌および生化学的研究の集中しているメタン菌、Methanobacterium thermoautotrophicum (Methanothermobacter thermautotrophicus)の極性脂質の構造解析を開始した。

古細菌とはなにか

 Woese(1977)はリボソームRNAの類似性に基づいて真正細菌(従来から知られている大腸菌などの原核生物)、真核生物の他にそれらと全く別系統の第三の生物があることを示し、古細菌と名づけた。古細菌の中には、メタン生成古細菌、高度好塩菌、イオウを代謝する高度好熱菌または超好熱菌などが含まれる。特異な進化系統的位置だけでなく、特異な代謝、特異な生体構成物質、極限的な生息環境などのために、生命の起源、進化、新しい生化学、バイオテクノロジーへの応用の可能性など多面的な研究が進んできている。エーテル型脂質は古細菌と、他の生物(真正細菌および真核生物)を区別する最も例外の少ない指標の一つである。

メタン生成古細菌のエーテル型脂質構造の解析論文#S1-S16

 生体物質化学教室で取り上げたのは、微生物の中でも最も嫌気性要求度の高いメタン生成古細菌で、その分離、微生物学的同定、分類学的研究からはじめて、生きたメタン生成古細菌の物質化学的研究を開始した(1980)。分離株およびドイツ菌株保存機関よりの分譲株を用いて古細菌に特有のジエーテル型およびテトラエーテル型脂質の完全構造解析を行ってきている(1981-)。これまでに、中等度好熱性Methanothermobacter thermautotrophicus, 中温性Methanobrevibacter arboriphilus, メタノール、酢酸資化性・中温性Methanosarcina barkeri, 超好熱性Methanothermus fervidus, 超好熱性・好気性Aeropyrum pernix, 超好熱性メタン生成古細菌Methanopyrus kandleriの主要脂質の構造を決定した。

古細菌の脂質の命名法の提案 (論文#S3

 多数の古細菌脂質が構造決定されたが、これらに対する系統的命名法がなかったので、人々はエステル脂質のエーテルアナログ(例えば、ether analog of phosphatidylserine)とか、phosphoethanolamine derivative of diglucosyl tetraetherのような長ったらしい呼び方で呼ぶか、PNL1a のような実験室で自分だけに通じる記号・略号・番号のようなもので呼んでいた。これらはいずれも化合物の名称としてはふさわしくない。1987年に我々は古細菌の一連の脂質に半系統的な慣用名を提唱した。

1.

Archaeol (アーキオール):2,3-di-O-alkyl sn-glycerol dietherをさす。グリセロールに対してアルキル鎖は sn-2 、sn-3 位に結合していることが絶対に必要である。アルキル鎖は通常炭素数20か25のイソプレノイドである。

Archaeol

2.

Caldarchaeol (カルドアーキオール) :2分子のグリセロールが2分子のアルカンジオールとエーテル結合して架橋構造をとったもので、テトラエーテルをなしている。エーテル結合はグリセロールの sn-2 、 sn-3 に限られている。アルキル基は2つのグリセロール残基の2位と3'位の間、3位と2'位の間を結合している。この名称はカルドアーキオールが好熱性の古細菌に最初に見いだされてことにちなんで名付けられた(cald-はwarmを意味する)。 カルドアーキオールは trialkyl diglycerol tetraetherも含む。

caldarchaeol

3.

Isocaldarchaeol (イソカルドアーキオール):カルドアーキオールの異性体。アルキル基は2つのグリセロール残基の2位と2'位の間、3位と3'位の間を結合している。

isocaldarchaeol

4. Archaetidic acid と Caldarchaetidic acid (アーキチジン酸とカルドアーキチジン酸):アーキオールやカルドアーキオールのモノリン酸エステルを指す。前者はホスファチジン酸のジエーテルアナログである。
5. Archaetidic acid or Caldarchaetidic acidのphosphodiester (アーキチジン酸やカルドアーキチジン酸のリン酸ジエステル):アーキチジン酸やカルドアーキチジン酸がセリン、エタノールアミン、イノシトール、グリセロールなどとリン酸ジエステル結合を介して結合したもので、これらはarchaetidylserine (アーキチジルセリン)、 caldarchaetidylserine (カルドアーキチジルセリン)などと命名される。
6. Glycosyl archaeol と Glycosyl caldarchaeol (グリコシルアーキオールとグリコシルカルドアーキオール):アーキオールとカルドアーキオールに糖鎖が結合した糖脂質。
7. glycosyl caldarchaetidylethanolamine (グリコシルカルドアーキチジルエタノールアミン)など:カルドアーキチジルエタノールアミンの遊離OHに糖鎖の結合したもの。

この命名法はジアシルグリセロ脂質の命名法に類似するものである。

ヘプタッド説 論文#S5

 Methanobacterium thermoautotrophicumのジエーテル型とテトラエーテル型の極性脂質(リン脂質、糖脂質、リン糖脂質)およびコア脂質の構造を検討すると、構造上の規則性が浮かび上がってきた。すなわち、

1. ジエーテル型に見いだされる極性基はテトラエーテル型にも存在しており、その逆も成り立つ。
2. ジエーテル型とテトラエーテル型のそれぞれの極性脂質に見出される1つの極性基は立体構造まで含めて同じである。
3. テトラエーテル型の両方の端の極性基は一方は糖鎖で、他方はホスホジエステル結合した極性基である。

 この規則性により、ジエーテル型とテトラエーテル型のリン脂質2種、ジエーテル型とテトラエーテル型の糖脂質2種、テトラエーテル型のリン糖脂質1種、それにジエーテル型とテトラエーテル型のコア脂質2種を加えて計7種の脂質で一組をなしていることがわかった。この7種1組をヘプタッドと命名した。この菌には、リン脂質の極性基としてはミオ−イノシトール、エタノールアミン、L-セリンがある。糖鎖はゲンチオビオシル基のみである。従ってこれらの合計は(7-4)×3+4 =13種の極性脂質である。ジエーテル型とテトラエーテル型という2種のコア脂質の存在、テトラエーテル型脂質は2種の極性基を結合することができることにより、メタン生成古細菌の極性脂質パターンは極性基の種類の数以上に複雑になっている。

ヘプタッドの背後にあるもの論文#S5B2

ヘプタッド説は単に極性脂質構造の規則性を整理したものにすぎないが、この規則性を生み出すもとになったものは何かを推測して、次のように考えた。
1. テトラエーテル型脂質は極性基をすでに結合しているジエーテル型脂質が2分子縮合して合成される。だからジエーテル型とテトラエーテル型には立体構造まで含めて同じ極性基が結合していることになり、テトラエーテル型に見いだされる極性基は必ずジエーテル型にも存在していることになる。
2. 極性基をすでに結合しているジエーテル型脂質は膜で2分子層を形成しているはずである。テトラエーテル型脂質は膜の2分子層を形成しているジエーテル型脂質の炭化水素鎖の末端を膜の中で縫い合わせるように縮合して形成されるだろう。
3. テトラエーテル型脂質は極性基の結合していないジエーテル型コア脂質が2分子縮合してテトラエーテル型コア脂質が形成され、それに極性基が結合していくのではない。
4. この仮説が正しいなら、膜の中で極性脂質がフリップフロップしない限り、テトラエーテル型とジエーテル型で、極性基の膜内での配向が同じであるはずである。そしてこれは実際に確認された。

古細菌の脂質の4つの特徴

 多くの古細菌の脂質の構造を解析した結果に基づいて、古細菌の脂質に共通している特徴を次の4点にまとめた。
1. エーテル結合:グリセロール骨格と炭化水素鎖がすべてエーテル結合で結合している。他の生物の主要なグリセロ脂質はエステル結合である。
2. イソプレノイド:炭化水素鎖がメチル分枝の多いイソプレノイドである。他の生物の主要なグリセロ脂質の炭化水素鎖は直鎖または枝分かれが1つだけの脂肪酸である。
3. 対掌体構造:炭化水素鎖がグリセロールのsn-2.3位に結合している。他の生物の主要なグリセロ脂質の炭化水素鎖はsn-1,2位に結合している。このことはいいかえるとリン脂質の場合にはグリセロリン酸骨格がsn-glycerol-1-phosphateであり、他の生物の脂質のsn-glycerol-3-phosphateとは対掌体の関係にある。
4. 架橋型分子:ジエーテル型脂質が2分子架橋した構造のテトラエーテル型分子が存在する。
これら4つの特徴のうち、3の脂質骨格の鏡像異性体構造は最も例外がなく、古細菌と真正細菌/真核生物を分ける最も根本的な相違である、といえる。1,2,4のエーテル結合、イソプレノイド、架橋型分子は例外が見いだされている。

メタン生成古細菌の分類論文#M6-M8P1

 数種類のメタン生成古細菌の脂質構造を決定した経験から、他の60数種類のメタン生成細菌の脂質の概略を把握するために脂質構成部品分析という簡易分析法を開発し、現在までに37種以上のメタン生成古細菌の分析を完了した(1985-1999)。この方法がメタン生成古細菌の分類上の表現形質の一つとして有用であることが判明し、米国のWhitman, Booneらとの共同研究によりメタン生成古細菌の新しい分類体系を提唱した。この方法はメタン生成古細菌の同定や生態学的研究の新しいツールとしても役立つ。

脂質部品分析とは論文#M6P1

 メタン生成古細菌の分類のひとつの指標にするための脂質の簡易分析法。

 1種類のメタン菌の数種類以上の極性脂質の構造を完全に決定することは時間と労力がかかりすぎて分類学的目的には適さない。全脂質の薄層ロマトグラフィー(TLC)のスポットのパターンを比較するだけでは構造的情報が少なすぎる上、情報を言葉で的確に表現できない。この両者の欠点を補い合うものとして、脂質部品分析法を開発した。その概略は次の通り。
1. 全脂質を個々の脂質に分画することなく、コア脂質(グリセロールエーテル)の種類、糖脂質の単糖の種類、ホスホジエステル結合している極性基の種類を分析し、その存否の組み合わせを記録する。補助的に炭化水素鎖の分析を加える。
2. メタン生成古細菌には、コア脂質として7種類以上、糖脂質の単糖として5種類、ホスホジエステル結合している極性基として8種類が見いだされている。
3. これらの組み合わせはメタン生成古細菌の属または科によって異なり、そのレベルでの分類に使用できる。この分類指標は16S rRNAに基づく分類と平行関係がある。
(Table 1, Table 2, Table 3)

メタン生成古細菌の生態学研究への脂質の利用論文#E1-E5)

 原核生物であるメタン生成古細菌の脂質は細胞質膜にだけ局在している。細胞の大きさは菌の種類を問わずほぼ一定と考えると、細胞表面積もほぼ一定といえる。そうすると、細胞の数あるいは重量と脂質の量は比例することになる。古細菌であるメタン菌の脂質は上記のように共存する真正細菌や真核生物の脂質とは化学的特徴が異なるので、自然環境試料の中のエーテル脂質の量を測定することによってメタン生成古細菌の数または重量を推定することができることになる。エーテル脂質はアルカリ分解で分解されないが、エステル脂質は分解され、水溶性になることを利用してエーテル脂質だけを抽出することができる。こうして得たエーテル脂質に紫外吸収マーカー物質か蛍光マーカー物質を結合させ、HPLCで分析すれば、微量測定が可能になる。このような方法で嫌気消化汚泥、水田土壌、東京湾海底堆積物中のメタン生成古細菌量が測定された。また、脂質部品分析を自然環境試料に適用することによってそこに存在するメタン生成古細菌をの種類を推定することも可能であった。

古細菌のエーテル型脂質の生合成論文#B3−B12P2

 メタン生成古細菌のエーテル型脂質について構造的側面の概略を把握したので、最近はこれらの脂質の生合成経路およびその酵素の研究を開始した(1993-)。古細菌の脂質の4つの特徴のうち、最も根本的である脂質骨格の鏡像異性体構造の形成の主役を担っているsn-glycerol-1-phosphate dehydrogenase を発見し、精製、遺伝子のクローニングと塩基配列の決定を完了した(論文B3,4 ,P2)。この酵素のアミノ酸配列は、真正細菌で同じ機能を果たしているsn-glycerol-3-phosphate dehydrogenaseのそれとはほとんど類似性を示さない。さらに古細菌のsn-glycerol-1-phosphate dehydrogenaseのホモログを検索し、この酵素がglycerol dehydrogenase, dehydroquinate synthase, alcohol dehydrogenaseなどとともにつくる酵素ファミリーの一員であることが判明した。このファミリーに真正細菌のsn-glycerol-3-phosphate dehydrogenaseは含まれない。sn-glycerol-1-phosphate dehydrogenaseの立体構造をhomology modelingの手法により推定し(論文B8)、sn-glycerol-1-phosphate dehydrogenaseとsn-glycerol-3-phosphate dehydrogenaseの各活性中心部位がNADのニコチンアミド環に関して反対側に位置し、古細菌と真正細菌の脂質の鏡像異性体構造が生成する酵素的背景を明らかにした。sn-glycerol-3-phosphate dehydrogenaseがNADHのpro-S水素を転移するのに対し、sn-glycerol-1-phosphate dehydrogenaseはpro-R水素を転移することを証明し、両酵素の対称的構造を確認した(論文B10)。
この酵素は、メタン生成古細菌だけでなく、他の種類の古細菌でも広く脂質生合成の出発点をなす酵素と考えられる結果が出ており、一般性が示されている(論文B5)。
sn-glycerol-1-phosphateに二重結合を4つもつC20のイソプレノイドアルコール(ゲラニルゲラニオール)がエーテル結合して不飽和アーキチジン酸を形成することが他の研究室の成果として知られている。
不飽和アーキチジン酸はつぎにCTPで活性化されてCDP-不飽和アーキオールになる。このCDP-不飽和アーキオールは各種極性脂質の共通の前駆体として重要なものと思われる。エーテル結合を形成する2つの酵素はsn-glycerol-1-phosphateに特異的であるが、CDP-不飽和アーキオールシンターゼはもはや立体特異性を示さず、エーテル結合に対する特異性さえ示さない。この酵素はゲラニルゲラニル基に対する特異性が高く、古細菌の脂質の特徴のひとつ、炭化水素鎖の選択に寄与している(論文B7)。CDP-不飽和アーキオールが次にセリンと反応してアーキチジルセリンを生成する酵素(archaetidylserine synthase)活性も見いだされた。この酵素はゲノム情報によると、大腸菌型ではなく、枯草菌型である(論文B9)。セリンリン脂質のほか、グリセロールリン脂質、イノシトールリン脂質を合成するそれぞれの酵素は酵素活性としては未確認であるが、一次構造のホモロジーサーチにより、真正細菌、古細菌のエーテル型、エステル型脂質を問わず、類似性を示し、CDP alcohol phosphatidyltransferase familyに属することが判明した。(論文B11)

古細菌/真正細菌の分化についての仮説論文#P2

 古細菌と真正細菌の細胞に異なるグリセロリン酸骨格鏡像異性体が存在する理由と意義を説明するために、最初の細胞がリン脂質の膜に囲まれて出現したときに、リン脂質の骨格として異なるグリセロリン酸鏡像異性体を採用したことによって古細菌と真正細菌の先祖が分化した、という仮説を提唱した(論文#P2)。sn- glycerol-1-phosphate dehydrogenaseとsn- glycerol-3-phosphate dehydrogenaseのように異なる立体特異性を持つ二つの酵素はアミノ酸配列が全く異なるので、簡単なアミノ酸の変異の蓄積によって立体特異性が逆転することはほとんど起こらない。したがって、膜リン脂質の立体構造は酵素の立体特異性が確立して以来変わらなかった、といえる。ではこれらの酵素の出現以前の"pre-cell"の時代の膜脂質の立体構造はどうであったのだろうか。Wachtershauser (From pre-cells to eukarya - a tale of two lipids. Molecular Microbiology 47, 13-22 (2003)) はわれわれのグリセロリン酸骨格の立体構造が古細菌と真正細菌の分化に大きな役割を果たした、という考え方を取り入れて新しい仮説を提出した。それは次のようにまとめられる(論文 #P3)。

1. 初期のPre-cellの膜はラセミ型のグリセロリン酸骨格をもつ脂質であった。
2. ラセミ脂質は物理化学的、自然発生的にどちらかの鏡像異性体の割合の高い(よりホモキラルな)膜が相分離していく。
3. Pre-cellは頻繁な分裂と融合を繰り返していく過程で、よりホモキラルな膜のpre-cellとよりヘテロキラルな膜のpre-cellが生じる。
4. ヘテロキラルな膜はホモキラルな膜より不安定である、と仮定する。
5. したがって、ヘテロキラルな膜のpre-cellは永く存在し得ず、pre-cellは二つのグリセロリン酸骨格のいずれかをもつものに分化していった。これが古細菌と真正細菌の起源である。
6. sn- glycerol-1-phosphate dehydrogenaseとsn- glycerol-3-phosphate dehydrogenaseの出現によって二つの鏡像異性体グリセロリン酸骨格をもつ膜が固定された。
7. リン脂質の極性基と、それを合成する酵素が古細菌と真正細菌で共通の祖先型酵素から分化したということは、両者の分化以前、ラセミ型グリセロリン酸を骨格としていたpre-cell時代からリン脂質の極性基は共通であったことを意味するかもしれない。


メタン生成古細菌の微生物学論文#M1−M8

 当教室ではメタン生成古細菌の分離から研究を開始し、脂質部品分析で多数のメタン菌を培養した経験をもっている。上記のメタン菌の分類の他、メタン生成古細菌の培養、保存、同定についてしばしば学外研究者との共同研究、相談、技術指導などを行っている。

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[文責:生体物質化学教室 更新日2006年2月28日]