医局員コラム

釜山・高神大学医学部での特別講義:若松病院 吉井千春 

316日から18日まで、釜山にある高神(コシン)大学に行き、研究打ち合わせと特別講義をしてきました。そもそものいきさつですが、昨年10月にポリクリの交換教育の引率で産業医大に来られた同大学呼吸器内科オク・チョルホ副教授(=准教授)が、若松病院の見学に来られました。その際にいくつかの資料をお渡ししたのですが、今、私が研究している社会的ニコチン依存度調査票に非常に興味を持たれ、帰国後もSkypeで何度か直接お話をした結果、今後、釜山で共同研究をしようということになりました。そこで今回は、高神大学の見学や教授への挨拶も兼ねて、研究打ち合わせをしに行くことになりました。しかし打ち合わせの前に日本での研究成果を説明しなければならず、それなら特別講義という形にしようということになり、12月に学長のキム・キチャン教授から招請状が送られてきました。そして「勢い」で、じゃあ韓国語でやろうということになったのですが、韓国語中級の私にとって、予想以上に大変な仕事になってしまいました。その後の3か月間は、ソウル近郊在住で韓国語講師のチェ・イルクン先生からSkypeで韓国語の「特訓」を受け、また延世大学医学部呼吸器内科のキム・ソンギュ名誉教授にも、講義準備の御指導をしていただきました。韓国語での講義の件は高神大学の教授や学生達には知らせず、私とチョルホ先生との秘密でした。

 316日午前、福岡空港から離陸後35分で釜山の金海空港に到着しました。空港にはチョルホ先生が自家用車で迎えに来てくれて、その後直接昼食のレストランに向かいました。レストランは韓国で最初に出来た海水浴場である風光明媚な松島(ソンド)ビーチが一望出来る場所にありました。そこでは呼吸器内科の2人の教授のうちの1人、ジョン・マヌン教授が私達を待っておられ、自己紹介を兼ねた色々な話をして中華料理を楽しみました。特別講義は午後4時からで、私は一旦ロッテホテルにチェックインをしてから、大学に向かいました。大学に着くと講義の直前に学長室に呼ばれ、キム・キチャン学長との挨拶、記念品の授与、写真撮影が行われました。講義は大学院棟の講義室で行なわれましたが、前方の座席には教授陣が座られ、後方には3月から6年生になったばかりの学生数十人がいました。チョルホ先生が私の紹介をしたのですが、最初に名前と所属を紹介した後に、何年生まれと言ったのにはカルチャーショックを受けました。韓国では名前の次に何年生まれというのが重要で、実は学長先生が私よりも2歳年下とあらかじめ知っていたので、緊張せずに済みました。呼吸器内科の2名の教授はそれぞれ、私より1歳年上と2歳年下でした。さて「作戦どおり」スライドの最初の3枚は英語で開始しました。タイトルは“Experience of Social Nicotine Dependence in Japan”です。3枚目のスライドに韓国の太極旗を掲げ、4枚目から韓国語で始めたところ、学生には大受けで拍手喝采でした。実際のところ、どれだけ聴衆に通じたかは不明でしたが、スライドのプリント資料も配付したので、ある程度は理解していただけたと思っています。43枚スライドを用意したにもかかわらず、講義は30分程度で終わり、その後の10分間は英語と韓国語をチャンポンにした質疑応答になりました。講義終了後にジョン・マヌン教授から記念品を手渡されましたが、それは講義直前に学長室で学長、チョルホ先生と共にとった記念写真でした。その後チョルホ先生に病院を案内してもらいましたが、掲示板にDr. Chiharu Yoshiiの特別講義を通知する紙を発見し、ちょっと驚きました。

 その夜は、EGFR-TKIのミーティングがあるとのことで、病院見学の後、チョルホ先生の車で約1時間かけて、大学とはかなり離れた海雲台(ヘウンデ)ビーチにあるウェスティン朝鮮ホテルに行きました。私は数十人以上集まる研究会を想像していたのですが、そうではなく、釜山市内の大学病院で肺癌治療を行っている教授や准教授達を対象としたclosedのミーティングでした。もちろん外国人の参加者は私1人で、全体で20名程度、最初に特別講師を交えてコース料理を食べ、ワインも飲んでから講演が始まりました。日本では講演が先でその後の懇親会で食事をするのですよと説明したら、「花より団子」と言われて納得しました。ミーティングでは、上海大学の教授がTarcevasecond linemaintenance治療としての有用性を英語で講演され、次に地元の准教授がEGFR遺伝子変異に関する全国調査の結果を報告されました。私も日本代表(?)として座長のジョン・マヌン教授からコメントを求められたりして、活発なミーティングを経験しました。結局、その日は夜10時半にホテルに戻り、長くて貴重な1日が終わりました。

 翌17日はチョルホ先生がロッテホテルまで私を迎えに来て下さり、研究打ち合わせの後に、チョルホ先生の御家族ら(奥様、お義母様、お嬢さん2名、近所の子供1名)と合流。釜山から車で2時間ほどの巨済島(コジェド)へ行きました。夕方までの巨済島観光の後、呼吸器内科のもう1名の教授、ジャン・テウン先生ご夫妻が、広安里(カンアンリ)にある高級刺身専門店に我々を招待して下さいました。しかも子供達を含む全ての人達が行ったので、とても賑やかな夕食会で、お酒好きのジャン教授に勧められるまま、マッコリ、焼酎、ビールと飲み続けたため、久しぶりに大いに酔っ払ってしまいました。結局、近所の子供がなぜずっと一緒だったのかわからずじまいで、ぐちゃぐちゃな韓国語を話しながらも、とても楽しいひとときを過ごしました。

 18日には、私の釜山出張を聞きつけた友人2名が、ソウルからわざわざ会いに来てくれました。1人は会社経営者、もう1人は大学教授ですが、同年代の女3人で、参鶏湯(サムゲタン)をつつきながら、今後の仕事の協力体制などについて話し合いました。そして午後3時過ぎにチョルホ先生と合流し、また空港まで車で送ってもらい全ての日程を終えました。

 今回の釜山出張では、オク・チョルホ先生には、文字通り「鞄持ち」「運転手」「観光案内」から「座長」「スライド係」「研究打ち合わせ」まで、1人何役もこなしていただき、心から感謝しております。また高神大学呼吸器内科のジョン・マヌン教授、ジャン・テウン教授のお二人には、熱烈に歓迎をしていただき、共同研究についても多大なる御協力をいただけることを直接うかがい、本当にありがたく思っております。次回は、肺癌患者対象の「心理的・社会的ニコチン依存」の調査集計が出るころに、また釜山を訪れる予定になりましたが、本研究のみならず、今後あらゆる面で交流を続けたいと心から思いました。


           


                                                             


        
   





文責:呼吸器内科
更新日:2012年4月2日