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[脳腫瘍について] 頭にできる腫瘍は、脳そのものから発生する場合(原発性脳腫瘍)もあれば、肺がんや大腸がんといったがんが脳に転移する場合(転移性脳腫瘍)があります。発生する場所もさまざまであり、脳や目の近く(眼窩)さらには頭蓋骨にまで及びます。脳腫瘍といってもすべてが悪性というわけではありません。20〜30年たっても全く発育しない脳腫瘍もあれば、半年程度で急速に発育して致命的な状況になる脳腫瘍もあります。脳腫瘍の種類にもよりますが、小児から成人まであらゆる年齢で見られます。原発性脳腫瘍においては、170種類ほどあり、一つ一つで性質や治療方法、さらには、その後の経過(予後)が全くことなります。転移性脳腫瘍とは異なり、原発性脳腫瘍は、年間発生率も人口10万人あたり15人程度ですので、非常に珍しい病気といえます。脳腫瘍の診断は、頭部MRIである程度の診断が可能となりますが、最終的には手術により、病変の一部を採取することにより、正確な診断(病理診断・遺伝子診断)が可能となります。 [悪性脳腫瘍について] 良性と悪性の違いはなにかというと、悪性の場合には、“発育スピードが速い”、“転移する”および“周囲に浸潤する”ことが挙げられます。悪性脳腫瘍の代表疾患としては神経膠腫(グリオーマ)が挙げられます。脳そのものから発生する腫瘍として知られています。グリオーマの中でも種類がたくさんありますが、WHO分類により大まかに4段階に分かれています(grade I-IV)。頭部MRIでおおよそ予想がつきますが、実際には手術を行って診断しなければわかりません。この神経膠腫は、悪性のものが多く、頭部MRIで見える範囲よりも発見されたときにはすでに脳の広範囲に浸潤しており、手術で全摘出することは不可能です。したがって、どの段階で手術をするのがよいか、また手術ではどこまで摘出するのかを十分に考えなければなりません。悪性神経膠腫といわれるものは、Grade IIIおよびIVに属する脳腫瘍ですが、特にGrade IVに属する膠芽腫は極めて悪性度が高いことが知られています。したがって、悪性神経膠腫の可能性が高いと判断された場合には、早い段階で手術により可能限り摘出を行い、続いて放射線および化学療法がすすめられます。通常、術後入院を継続しながら放射線・化学療法を行います。退院後も、化学療法の継続が必要となってきます。産業医科大学病院では、手術・放射線・化学療法といった一連の治療が当院のみで可能となっています。また、化学療法については、化学療法センターや小児科といった他診療科とも連携を取りながら治療を行う場合もあります。 [脳腫瘍の手術について] 脳腫瘍の手術といっても、良性と悪性さらには、発生する部位でその難易度も全くことなります。おおまかにいって、手術の目的は、最終的に2つに絞られます。1)診断する2)減圧するといった2点となります。どのような脳腫瘍であれ、診断するためにはその組織が必要となります。その組織を用いて、遺伝子診断まで行います。したがって、組織をとるために手術が必要となるわけです。手術の方法は、頭を開けて摘出する方法(開頭術)、脳の一部を切開して、針のようなものでごくわずかに摘出する方法(定位的腫瘍生検術)さらには、胃カメラと同様に、特殊なカメラを脳内に挿入して一部を採取する方法(神経内視鏡的腫瘍生検術)があります。いずれも長所短所があります。 減圧するというのは、脳は固い骨に囲まれています。そこに脳腫瘍が発生した場合には、脳の逃げ場がなくなり、麻痺や言語障害などさまざまな症状が出現します。そのまま、脳の中の圧力が上昇すれば命にかかわります。ですので、できる限り脳腫瘍を減らして脳の中の圧を減らしてあげることが重要となります。 手術の目的は、予想される脳腫瘍(術前診断)や発生している部位によって、どのような手術がよいのかは全くかわってきます。前述の悪性神経膠腫の場合には、すでに深く浸潤しており全摘出は不可能です。とにかく、早く診断して、早く次の治療に導入することが必要であり、生検術で診断することが多い腫瘍です。非常に大きく、発生している部位によっては、開頭術により大きく摘出する場合もあります。一方で、髄膜腫は、腫瘍付着部を含め全摘出が望ましい腫瘍です。全摘出が可能な場合もありますが、頭蓋底部に発生した場合は、手術は非常に難しくなります。その場合には、術後の神経障害(麻痺など)を避けるために、できる限り安全な範囲で摘出を行い、放射線治療を組み合わせるといった方法を行う場合もあります。このように、脳腫瘍の手術は、腫瘍の種類や発生部位sによって、その方法や目的が全く異なってきますので、それぞれの脳腫瘍で最適な方法を考える必要があります。 さらに、手術を行う際には、さまざまな道具が必要(手術支援システム)となります。脳腫瘍は、どこまで存在するのかは、実際の顕微鏡で確認すればおおよそわかりますが、難しい場合もあります。ナビゲーションシステムといって、術前の頭部MR画像と手術室のコンピューターに接続して、手術中にどこを操作しているのかMR画像上で確認できるシステムがあります。また、悪性神経膠腫は肉眼的に境界が不明瞭な場合があり、5−アミノレブリン酸といって、天然のアミノ酸(薬剤として認可されています)を内服することにより、腫瘍が赤く発光して、腫瘍部位がわかりやすくなります。さらに、脳や神経を直接電気で刺激しながら、手足の動きや顔の動きをみる電気整理モニタリングといった手法も開発されています。 産業医科大学脳神経外科では、患者様ひとりひとりに対して、どのような脳腫瘍が考えられ、それに対してどのような治療法がよいかを診療科内(時には外部医療施設も含めて)で十分に検討して提案しています。手術が必要な場合は、前述のごとく最新の手術支援システムを駆使しながら、安全な治療をこころがけています。さらに、放射線治療や化学療法など術後治療が必要な場合は、すべて産業医科大学病院のみで一連の治療が可能な体制が整っています。これらの治療が、速やかに行えるように、他診療科とも連携しながら、患者様により安全で安心できる治療が提供できるよう、スタッフ一同、日々研鑽しています。
[間脳下垂体について] 脳の一部に「間脳下垂体」と呼ばれる領域があります。この部位は鼻の奥、脳の深部に位置しており、下垂体はエンドウ豆ほどの大きさ(7mm程度)で、さまざまなホルモンを分泌します。分泌されるホルモンには成長ホルモン、プロラクチン、甲状腺刺激ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン、性腺刺激ホルモン、抗利尿ホルモン、オキシトシン(子宮収縮ホルモン)があります。これらのホルモンは体の成長や発達、血圧と心肺機能の調整、水分摂取や排尿の調整などを行い、体の恒常性を維持します。この小さな下垂体は、体全体のホルモン分泌を調整する「司令塔」とも言えます。 ![]() [間脳下垂体に生じる疾患] 間脳下垂体部には下垂体腫瘍、頭蓋咽頭腫、胚細胞性腫瘍、髄膜腫、ラトケ嚢胞、下垂体炎などの疾患が生じることがあります。これらの病変が下垂体にできると、ホルモンの分泌障害が起こり、さまざまな症状が出現します。また、腫瘍が大きくなると、周囲の構造物を圧迫し、それに伴う症状が出現します。 [下垂体腫瘍:下垂体神経内分泌腫瘍(PitNET)] 下垂体腫瘍は間脳下垂体部に生じる最も一般的な腫瘍であり、主にホルモンを過剰に分泌するタイプと分泌しないタイプに分かれます。ホルモンを分泌するタイプは、成長ホルモンが過剰に分泌されると先端巨大症を引き起こし、顔や手足など体の先端が肥大します。過去の写真と比較して顔の形が変わったり、指輪や靴が合わなくなることがあります。副腎に関するホルモンが過剰に分泌されると顔が満月のように丸くなり、お腹周りが膨らむ中心性肥満、高血圧、高血糖などを引き起こします。ホルモンを分泌しないタイプの腫瘍はサイズが徐々に大きくなり、下垂体上方の視神経を圧迫して視覚機能障害を引き起こします。まっすぐ見ると視野の両外側が狭くなり、テレビ画面の両端が見えにくい、車を運転する際に左右の車に気づかないなどの症状が出現します。眼の病気を考え、眼科にまず受診される方が多くいます。 [間脳下垂体部腫瘍に対する治療] 下垂体腫瘍の種類によっては薬剤で腫瘍が縮小する場合もありますが、症状が出現した場合はほとんどの腫瘍で摘出術が必要となります。手術は神経内視鏡を使用し、両側の鼻の穴から行います。脳の病気で「なぜ鼻から?」と思うかもしれませんが、鼻の奥を深部に進んでいくと脳の底部にある下垂体に最短距離で到達できます。頭蓋骨を大きく開ける手術ではなく、切開する傷は鼻の粘膜のみとなり、患者さんへの侵襲を少なくすることができます。手術は全身麻酔をかけて行います。両側の鼻の奥の粘膜を切開すると、副鼻腔の一つである骨に囲まれた蝶形骨洞があります。そのさらに奥にあるトルコ鞍底というもう一枚の骨を開けると下垂体に到達します。鼻の奥は細いので、直径4mmの神経内視鏡を挿入し、画面に4K画像を映し出し、下垂体手術専用の細長い手術器具を用いて腫瘍を摘出します。神経内視鏡の解像度は年々進化しており、鮮明な4K画像を確認しながら手術操作を進めることができます。鮮明な画像が得られることで、下垂体腫瘍と周囲の正常下垂体、視神経、血管との境界を確実に確認し、安全に腫瘍を摘出します。また、手術に伴う合併症を避けるために、術中に位置関係を確認するためのナビゲーションやドップラーエコー、視覚・運動機能をリアルタイムに評価できるVEP・MEPモニタリングを利用し、より安全な治療を心がけています。 ![]() [下垂体腫瘍の治療に対する診療科連携] 下垂体腫瘍の治療は腫瘍の摘出だけでは終わりません。ホルモン分泌機能については内科や小児科の専門医が、術前・術後の詳細な評価を行い、必要に応じてホルモン補充療法を行います。視神経圧迫による視覚機能障害には眼科が詳細な評価を行います。また、手術後には一時的な嗅覚低下や鼻出血が生じることがあり、耳鼻咽喉科が術後に診察を行います。摘出された腫瘍は病理医によって細胞レベルでの詳細な診断され、増殖能が高い腫瘍や再発が認められた場合には放射線治療科の専門医と放射線治療について相談します。当院は日本内分泌学会の内分泌代謝科専門医制度認定教育施設(脳神経外科)であり、専門性の高い医師の育成に努めています。 ![]() 間脳下垂体疾患の治療は脳神経外科だけで完結するものではなく、多くの診療科との連携が必要です。当院では各診療科と密接に連携を取りながら、患者さん一人ひとりに最適な治療方針を提供しています。
[くも膜下出血とは?] ![]() 「くも膜下」という言葉は、出血を起こす脳の部位を意味します。脳全体を覆う膜に挟まれた厚さ数mm の隙間のことを指し、空間内にある支柱構造が蜘蛛の巣に似ていることからその名称が付けられました。そこには「髄液」という神経を保護する水が流れており、そこを脳の主要な動脈が走行しています。くも膜下出血の原因は、ほとんどの場合がその脳動脈に膨らみができてコブのようになったもの(脳動脈瘤)の破裂です(図1)。脳動脈瘤が破裂すると、くも膜下に広範な出血をきたし、脳が圧迫を受けることにより脳損傷、水頭症、脳血管攣縮(れんしゅく)などの複雑な病態を引き起こします。破裂した動脈瘤からの出血の勢いが凄まじいため脳が受けるダメージは大きく、適切な治療とリハビリテーションを行っても、もとの生活に戻る状態にまで回復できる患者さんは、3人に1人ほどしかいません。 ![]() 図1: 脳動脈瘤の構造と発生部位 一般社会法人日本脳神経外科学会ホームページより引用 [未破裂脳動脈瘤について] 脳動脈瘤が破裂を起こす前に発見された状態を「未破裂脳動脈瘤」と呼びます。未破裂の状態ではほとんど症状はありませんが、近年は脳ドック検査などで発見されることが多くなり、検査を受けた100人の中で3〜5人も見つかると言われています。しかし、これらの多くは生涯破裂することはないものの、その中で一部の人はくも膜下出血を発症することが分かっています。未破裂脳動脈瘤を持っている人の中で、くも膜下出血を発症する人は1年間で1%以下と推定されています。 [未破裂脳動脈瘤の診断] 未破裂脳動脈瘤の診断方法はいくつかあり、目的によって使い分けられます。まず、脳動脈瘤があるのかないのか。これを確認する検査をスクリーニングと言い、健診や脳ドック等がそれに該当します。MRI検査で容易に確認することができ、とくに身体の負担はありません。次に、もしも脳動脈瘤が見つかった場合には、様子をみる(経過観察)か治療をするのか(治療適応)を判断しなければいけません。経過観察であればMRIで定期的な観察を続けますが、治療という視点で細かな形状の確認が必要と判断された場合、造影剤を使用して動脈瘤の構造を詳しく確認することになります。その際には、造影剤を注射しながらCTを撮影するか、動脈に挿入したカテーテルから造影剤を注入しながら撮影する血管造影検査のいずれかを行います。 [未破裂脳動脈瘤の治療適応] 破裂リスクが低いと考えられるものでは、血圧管理などを行いながら定期的にMRIで経過観察することをまずお勧めします。反対に、破裂リスクの高い症例では治療に伴うリスクを十分にご説明して、治療をお勧めすることがあります。破裂リスクを判断するには、いくつかのポイントがあります。最も重要なポイントとして、その「大きさ」があります。小さいものは破裂することは少なく、大きなものほど破裂しやすいことが判っています。その他には、形が不整、多発、喫煙、高血圧、女性などで破裂リスクが高くなると言われています。わが国における未破裂脳動脈瘤についての主な知見は以下の通りです(New England Journal of Medicine誌2012年掲載)。 ・治療されていない未破裂脳動脈瘤の破裂率は年0.95%であった。 ・破裂は小さな動脈瘤でも発生するが、大きな動脈瘤ほど破裂の危険性が高かった。 ・前交通、内頚−後交通動脈分岐部では、中大脳動脈瘤より約2倍破裂しやすかった。 ・不整な突出(ブレブ)のある動脈瘤は、ないものに比べて約1.6倍破裂しやすかった。 これらを踏まえて、未破裂の状態で治療を行った方が良いと考えられる脳動脈瘤があるというわけです。破裂についての長年の統計学的解析により導き出されたリスクを根拠として、治療適応についてはガイドラインで指針が発表されています。
脳動脈瘤の治療適応(脳卒中ガイドライン2021)
・大きさが5-7mm以上 ・大きさが5-7mm未満であっても A)神経症状を合併した動脈瘤、過去のくも膜下出血 B)前交通動脈、内頚動脈-後交通動脈分岐部、および椎骨脳底動脈等の部位 C)不整形、不整な突出(ブレブ)等の形態的特徴を持つ まとめると、動脈瘤が大きい場合と小さくても形状や部位や患者さんの状態によっては、治療を検討すべきであるということです。また、当然ですが治療を受ける患者さん側の体調や年齢も、治療適応を検討する上で重視されます。破裂リスクは年齢とともに高まることが判っていますが、残念ながら年齢が高くなると身体に負担となる手術は受けづらくなってくるというジレンマがあります。 [脳動脈瘤の治療法] 脳動脈瘤の治療法には、大きく分けて「開頭手術」と「血管内治療」の二つがあります(図2)。 開頭手術は、頭皮を切開して開頭を行い、動脈瘤の根っこをチタン製クリップで閉塞させる方法(クリッピング術)やバイパス血管を吻合して動脈瘤を瘤が出ている親動脈ごと閉塞させる方法(トラッピング術)等があります。血管内治療は、カテーテル(細い管)を脳の動脈まで挿入し、瘤の中をプラチナ製のコイルで埋める方法(コイル塞栓術)です。その際にバルーンやステントを併用することもあります。親動脈に留置するだけで動脈瘤に血流が入りにくくする新しい治療(FDステント留置術)もあります。それぞれの利点と欠点は主に以下のとおりです。
<開頭手術>
利点: ・バイパス術を併用することができ、脳梗塞をある程度予防することができる ・脳動脈瘤の再発リスクが低い 欠点: ・手術であるため、少なからず身体の負担がある (傷の痛みが数日続くことがありますが、ほとんどの場合は手術翌日から日常的な活動は全て可能です。) <血管内治療> 利点: ・手術の傷がなく、比較的身体の負担が少ない 欠点: ・動脈瘤の再発率が若干あり、その場合は追加治療が必要になる ![]() 図2: 脳動脈瘤の治療 A. コイル塞栓術 B. クリッピング術 The Worst Headache of My Life: Aneurysmal Subarachnoid Hemorrhage, J Nurs Pract. 7, 5, 359-366, 2011より引用 いずれの治療を選択するにせよ、必要な様々な検査を行ったうえで、開頭手術と血管内治療それぞれの専門医師による検討の上で患者さんに最もお勧めすることのできる治療方針を提示できる施設が理想的です。また、当院では血管造影装置を有したハイブリッド手術室がありますので、血管内治療と開頭手術を組み合わせた治療も行うことができます(図3)。 産業医科大学病院ではこれらの診療体制を有し、患者さん一人ひとりに最適な治療方針を検討し提供しています。脳動脈瘤について何かご心配なことがありましたら、ぜひお気軽にご相談ください。 ![]() 図3: 当院のハイブリッド手術室 |
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文責:脳神経外科 更新日:2024年6月24日 | ![]() |