教授挨拶
2025年4月1日付で、産業医科大学医学部公衆衛生学教室の教授を拝命いたしました中田光紀です。着任から一年余りが経ち、このたび教室ホームページを開設する運びとなりました。まずはご挨拶を申し上げます。
1991年に早稲田大学人間科学部を卒業し(木村一郎教授、春木豊教授に師事)、1993年には上智大学大学院文学研究科心理学専攻において学習心理学を学び、平井久教授のご指導のもと修士(心理学)を取得いたしました。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、荒記俊一教授のご指導のもと社会医学・疫学を専攻し、1997年に博士(医学)を取得いたしました。
博士課程修了後は、科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)特別研究員、独立行政法人産業医学総合研究所(現・労働安全衛生総合研究所)、米国疾病予防管理センター(CDC)・米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)、産業医科大学産業保健学部、国際医療福祉大学などにおいて研究・教育に携わってまいりました。
これまで一貫して取り組んできたテーマは、「働くこと」と「健康」の関係を科学的に解明し、その成果を社会へ還元することです。職業性ストレス、睡眠、疲労、メンタルヘルス、労働時間、職場環境、ウェルビーイングなどを研究対象とし、「人はどのような環境であれば健康に、いきいきと働き続けることができるのか」という問いを探究してまいりました。
産業医科大学は、「働く人々の健康を守る」という世界でも類を見ない理念のもとに設立された大学です。その理念は半世紀を経た今日においても揺らぐことはなく、働き方や社会構造が大きく変化する現代において、その意義はますます大きくなっています。
公衆衛生学は、病気を治療するためだけの学問ではありません。病気を未然に防ぎ、人々が健康で充実した人生を送ることのできる社会を実現するための学問です。その対象は一人の患者ではなく、働く人々、地域社会、さらには社会制度そのものにまで及びます。生活習慣や職場環境、社会経済的要因、政策など、人々の健康を規定するさまざまな要因を科学的に明らかにし、その知見を社会へ還元することが、公衆衛生学の重要な使命であると考えています。
現在、私たちは人口減少、超高齢社会、働き方の多様化、デジタル技術の進展、地球規模の感染症など、かつてない社会変革の時代を迎えています。その一方で、長時間労働、睡眠不足、疲労の蓄積、メンタルヘルス不調、生活習慣病など、働く人々を取り巻く健康課題はますます複雑化しています。これからの公衆衛生学には、疾病を予防するだけではなく、人々が健康で、能力を発揮し、生きがいを持って働き続けることのできる社会の実現に貢献することが求められています。
当教室では、「働く人のウェルビーイング(Well-being)」を教育・研究の中核理念に据えています。ウェルビーイングとは、単に病気がない状態ではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあり、一人ひとりが自らの能力を十分に発揮し、自分らしく働き、生きることができる状態を意味します。働く人々の健康は、企業や地域社会の活力につながり、ひいては持続可能な社会の基盤となります。私たちは、健康を「守る」だけでなく、「より良くする」ための公衆衛生学を追究していきたいと考えています。
その実現に向け、当教室では、睡眠、疲労、メンタルヘルス、労働時間、生物時計(概日リズム)、職場環境、女性の健康などを主要な研究テーマとしています。なかでも、私たちは「時間」を単なる時計の時刻ではなく、人間の生物時計との調和という観点から捉え直し、Chrono-Occupational Medicine(時間産業医学)という新たな学術領域の確立を目指しています。これからの産業保健では、「どれだけ働くか」だけではなく、「いつ働き、いつ休み、いつ眠るか」という時間の質を科学することが重要になります。生物時計と社会時計の調和を通じて、健康、生産性、そしてウェルビーイングを同時に実現する新しい働き方の科学を世界へ発信していきたいと考えています。
また、公衆衛生学が取り組む課題に国境はありません。睡眠不足、メンタルヘルス、過重労働、少子高齢化などは世界共通の課題であり、その解決には国際的な連携が不可欠です。当教室では、海外の大学・研究機関・国際機関との共同研究を積極的に推進し、日本から世界へ、そして世界から日本へ知見を循環させる国際的な研究拠点を目指しています。異なる文化や制度を比較しながら、普遍性の高い科学的根拠を創出し、国際社会へ貢献してまいります。
教育においては、知識を教えるだけでなく、自ら問いを立て、科学的に検証し、その成果を社会へ還元できる人材を育成することを何よりも大切にしています。医学部学生には予防医学の視点を、産業医を志す学生には働く人々の健康を支える使命感を、大学院生には世界に通用する研究力と国際的な視野を身につけてもらいたいと願っています。そして、多様な価値観を尊重し、自由闊達な議論の中から新しい発想が生まれる教室であり続けたいと考えています。
公衆衛生学は、人々の健康を支えるだけではなく、未来の社会をデザインする学問です。健康で働き続けられること、十分な休養と睡眠を確保できること、仕事にやりがいを感じ、人生に幸福を実感できること。そのような社会の実現に向けて、新たな科学的知見を創出し、教育・研究・社会貢献を通じて社会へ還元していくことが、私たち公衆衛生学教室の使命です。
学生、大学院生、研究者、企業、行政、そして地域社会の皆様とともに学び、ともに考え、ともに未来を創る教室でありたいと願っています。公衆衛生学の力によって、働く人々の健康とウェルビーイングを支え、日本、そして世界の持続可能な社会の実現に貢献してまいります。今後とも、公衆衛生学教室へのご理解とご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
文責:公衆衛生学教室 更新日:2026年8月21日
