大学院医学研究科の組織

生体適応系専攻

 生体適応系専攻は、 生体構造、 生体機構、 機能調節の3部門より構成されています。 これら3部門はさらに10の医学部基礎講座より構成されており、 まさに医学基礎研究の中核となるべき研究分野を含んでおります。 したがってこの系では形態学、 物質代謝、 および分子レベルから、 個体に至る生体の機能についての研究を統合するような学問体系の場であると心掛けられています。

 古い考え方の学問体系では例えば解剖学は形態の科学、 生化学、 薬理学では物質の代謝と薬理的効果の研究の場、 生理学は機能の科学、 病理学は疾病時の形態学的変化の研究の場と考えられてきました。 しかしながらこのような従来の便宜上の分類は最近の研究の場では実際的ではないことは自明の事実であります。 バイオテクノロジーと総称される遺伝子工学を初めとする種々の新しい手法も応用されるようになってきました。 最近の高性能の電子顕微鏡と免疫化学との結合は細胞小器官内での生理活性物質の局在の判別を可能にし、 またコンピュータ技術と結合した微細構造観測装置は細胞内小器官における生理活性物質の作用機序をも明らかにしつつあります。

 最近続々と発見報告されている生理活性物質あるいは神経伝達物質の生理学的、 薬理学的な解明の研究はこの系では大きな学問体系を占めております。 また遺伝子発現の制御を介した細胞の分化・増殖の制御、 分子識別による生体防御などの問題も研究されています。
 このようなミクロの機能や分子生物学的な手法を研究の手段として用いられていても物質的な解析の結果や構造の観察の結果は常に生体の機能と結びついているという基本的な理解の下に研究がなされているのがこの系の最大の特長であります。

 したがってこの系では生体を機能有機体として総括的にとらえた"integrated organisms"として研究する生命科学や人体生理学 (human physiology) の研究も活発に行なわれています。 特筆するべきことは生理活性物質や神経伝達物質が全生体あるいはヒトの機能に、 さらには産業医学にどのような係わりがあるかの研究も進められていることであります。 最近、 「職場における情動反応の制御」 や 「高齢就業者の生体適応」 などの共通のテーマのもとに、 各研究グループが協力して産業医学関連の研究に成果をあげています。
 以上のように生体適応系の学問体系は"生命科学の解明の中心"の観を呈しています。 充実した研究スタッフと研究設備により研究成果は常に世界的に定評のあるjournalsに公表され世界の最も質の高い研究報告として大きな評価を得ています。


生体適応系 生体構造部門 第1解剖学
第2解剖学
法医学
生体機構部門 生化学
分子生物学
免疫学
第2病理学
機能調節部門 第1生理学
第2生理学
薬理学

環境・産業生態系専攻

 環境・産業生態系は、 本学における産業医学の教育研究の重要な位置を占める専攻系であります。 本専攻系では、 環境生態学ならびに保健疫学など、 産業化社会における作業環境あるいは一般生活環境がわたくしたちの健康に与える様々な因子を、 物理的、 化学的な手段あるいは生態学、 疫学的な手段によって解析を行い、 これらの結果に基づいて、 諸因子の動態ならびに発現の原因を究明し、 予測医学および保健管理の観点にたって健康障害の予防あるいは原因除去を行い、 今後のより良き労働環境や生活環境の確立とその管理を目標に教育研究計画が立てられています。

 以上のような目標の達成のために本専攻系は、 環境生態、 保健・疫学および環境適応医学の三つの専門部門を設けています。 それではこれらの専門部門でどのような教育研究が行われているかの概要を述べることにしましょう。

 環境生態部門では、 一般環境を含めた作業環境での健康に与える化学的ならびに物理的な障害因子に対して研究が進められています。 前者は、 自然環境の中にひろく存在するニッケル、 クロームなどの金属をはじめ微量の有害有機物質、 発癌物質など、 その量あるいは存在形態によって著しい健康障害をもたらすものであり、 また、 後者は、 大気中に含まれるラドンなどの放射性物質をはじめ、 原子力利用や医療に際して受ける種々の放射線、 電磁波などであり、 様々な障害をもたらすものです。 これらの諸因子の測定、 分析、 制御、 リスク評価などに関して、 実験的、 理論的な研究を行い、 さらに健康との因果関係についても疫学的なアプローチが試みられています。

 保健・疫学部門では、 様々な労働環境、 生活環境において、 健康障害にかかわる諸因子について、 疫学的、 生態学的、 臨床医学的な観点から、 疾病の成因を究明するとともに、 一次予防、二次予防あるいは三次予防を目的とした保健管理を含めた研究が進められています。 これらの研究の対象は比較的狭い環境と、 全世界的なスケールに及ぶものとがあります。 例えば、 高齢化社会における成人病、 国際間の人的物的交流の増加に伴う熱帯感染症などが大きな問題として取り上げられてきています。 また、 種々の疾病要因と地域保健医療の問題についても公衆衛生学的研究の多くの題材が残されており、 さらに進んで疾病と医療資源ならびにその提供形態に関する医療のシステム化、 労働の場における産業保健管理の推進などについても重要な研究テーマがあります。

 第三の環境適応医学部門においては、 労働環境および一般環境において増大しつつあると目される精神神経疾患やストレス関連疾患の問題がとりあげられます。 これらについては精神医学、 精神保健学、 神経内科学そして神経中毒学の面から、 疾病の原因、 予防そして治療の研究がおこなわれています。 要約すれば、 有機水銀、 金属、 有機溶剤そして農薬などによる中毒性神経疾患に対する臨床神経生理学的診断、 治療の方法論の研究、 さらに動物実験による病因の究明、 予防ならびに治療法の研究がすすめられています。 これらの有害物質による神経系の疾患に加えて、 IT化、経済活動の国際化に伴う産業構造改革や労働環境の変化が急速にすすむ現代社会において、 最も憂慮されるメンタルヘルスの問題は、 産業医学における喫緊の課題となっていることは周知のことと思います。 このような分野の研究は、 精神医学の領域のみにとどまらず、 心理学を含む人文社会科学の重要課題として取り上げられるべきものであります。

 以上のように、 本専攻系は、 極めて多岐にわたる学際的研究の要求される分野であり、 高度に産業化された現代社会において、 その重要性が益々増大する研究領域といえます。 従って対象となる学生は、 医学部卒業生は勿論のこと、 理学、 工学、 薬学、 農学などの修士課程修了者あるいは心理学などの人文系の修士課程修了者に対しても広く門戸がひらかれており、 産業医学という新たな学際的な要素を豊富に含んだ研究領域に、 各自が修得した専門的バックグランドからの挑戦を試みる好学の士に大きな期待が寄せられています。
 このような産業医学の専門的知識と方法論とを修得した暁には、 社会におけるこの分野の重要性の認識の高まりとともに、 国の内外を問わず産業医学の指導的立場における活躍が大いに期待されるものであります。

環境・産業生態系 環境生態部門 衛生学
放射線衛生学
労働衛生工学
(職業性腫瘍学)
環境疫学
保健・疫学部門 公衆衛生学
寄生虫学・熱帯医学
医療科学
臨床疫学
産業保健管理学
環境適応医学部門 神経内科学
精神医学
(精神保健学)
環境中毒学

障害機構系専攻

 障害機構系は、 病態機構、 災害外科および災害医学の3部門から成り、 病態機構部門に属する第1病理学と微生物学を除いて、 総て臨床系講座によって構成されています。 したがって、 この系を希望する学生は主として医学部出身者で、 さらに原則として臨床研修を1年以上修了した者であることが必要であります。 しかし、 病理学および微生物学が担当する授業科目を自専攻科目とする学生においては臨床研修の必要はなく、 また医学部以外の修士課程の修了者にも門戸がひらかれています。

 本専攻系の教育研究目的は、 「一般医学及び産業医学の実践的な分野である災害医学を含めた疾病の診断、 治療、 社会復帰の向上のための臨床医学的教育研究の推進をはかること」 となっており、 一般の医学の専門医を志す者に対しても勿論門戸が開かれていますが、 近年の科学技術の著しい発展によって、 労働環境や職業内容に大きな変化が生じつつある今日、 これらの変化に伴って起こるであろう疾病機構の変化などの研究に積極的に取り組んでみたいという希望をもつ学生を特に歓迎します。

 授業内容は、 個々の学生の専攻する科目における授業 (講義、 演習、 実習) に加えて、 この系に属する総ての学生に必修の科目である障害機構概論が系を構成する総ての授業科目担当教授によって行なわれ、 またそれぞれの部門においては、 病態機構学概論TおよびU (病態機構部門)、 臓器障害概論、 運動器障害概論 (災害外科部門)、 そして災害医学概論、 職業病概論 (災害医学部門) が選択必修科目として課せられます。 これらの講義の受講によって学生は自専攻科目以外にも広範な知識を得ることができ、 主として後期2年間における研究活動において、 従来の視点に囚われない新しい発想法で仕事を進めることができるようになることが期待されます。 本学大学院の課程で、 どのような専門的研究ができるかということについては、 個々の学生の専攻科目によって、 また学生個人の希望によって異なるので一概にいえませんが、 当大学には他の大学であまり見られないようなユニークな研究設備が数多くあり、 これらを利用した新しい研究が可能であります。 そのような設備としては、 気圧や温度を広い範囲で調節できる気圧環境調節室、 温度や湿度を調節できる人工気象室、 低温環境へのヒトの適応に関する実験を行う低温恒温室、 生体の行動レベルにおける動作分析などをおこなう生体情報分析室、 音響刺激装置や光刺激装置を備えた無響室、 人体に対する振動の影響をしらべる振動室などのほかに各種の高価な測定機器をそなえた機器分析室や、 電子顕微鏡室、 アイソトープ研究センターなどがあります。 さらに動物研究センターにおいては、 実験動物の飼育管理のみならず、 手術室、 X線照射室、 無響実験室、 吸入暴露実験室、 光環境実験室、 人工気象実験室、 遺伝子工学実験室、 特殊動物実験室などが附置されています。 こうした設備、 施設を駆使することによって、 多彩な研究をも行うことができますので、 これらの分野に興味を持つ学生諸君の応募を期待します。

 本専攻系を修了した学生には、 一般の医科大学における臨床系大学院の修了者と同様に、 それぞれの専攻科目における専門医としての将来、 および大学や研究機関における教育、 研究者としての将来が期待されることはいうまでもなく、 さらにこれに加えて本学大学院の特色を生かした教育、 研究がなされることによって、 新しい医学領域のエキスパートとしての身分を確立することもできるものと考えます。

障 害 機 構 系 病態機構部門 第1内科学
第1病理学
微生物学
災害外科部門 第1外科学
第2外科学
整形外科学
リハビリテーション医学
災害医学部門 第3内科学
(分子細胞生物学)
皮膚科学
(歯科・口腔外科学)
泌尿器科学

生体情報系専攻

 生体情報系は臨床医学系講座等を主体に大学病院中央臨床検査部を加え、 生理情報、 病態情報、 生殖生理情報の三つの専攻部門から構成されています。 医学研究の重要な目的の一つは、 多くの生体情報の中から必要な情報を速やかに選択し、 かつ正確に把握することによって、 異常状態に対応する方法並びに健康を維持増進する方法を確立することであります。 そのためには、 常に正常な生体情報の分析と評価が必要であり、 正常と異常との比較からより正確な病態情報を得ることができます。 しかしながら実際に得られる生体情報はそれぞれの個体により様々で、 さらに個々の環境によっても異なります。 特に近代産業社会における複雑な労働環境と健康との関係から、 生体情報を適切に選択して処理する理論的根拠と方法論の確立は、 産業医学研究の大きな課題の一つであります。

 生理情報部門では、 循環器、 呼吸器系を主体とした診断、 治療に関する臨床情報の分析と評価の研究をはじめ、 これらと深い関係をもつ放射線診断情報、 治療情報、 さらに産業技術の進展に伴う労働様態の変化と健康影響に関する生体情報の定量的な把握も、 重要な課題として、 この部門に含まれています。 具体的な講義題目、 研究内容は別表に示してあります。

 病態情報部門では、 脳神経病態、 視覚病態、 聴覚病態並びに侵襲学を加えた感覚器系を中軸として、 異常情報の検知と各診療科領域における疾患の原因の究明を行い、 適切な治療方法の専門研究が活発に行なわれています。 とくにこれら感覚器の障害は、 物理的、 化学的な外因性因子とともに、 内因性要因による場合も多く、 とりわけ特殊環境下における職業性 (職業関連) 疾患に深い関係をもつことから産業医学の重要な研究領域を構成しています。

 生殖生理情報部門は、 受精にはじまる胎内情報と、 出生後の幼年期、 思春期に至る発育過程での生理情報を環境への適応能力の視点からとらえ、 臨床研究の推進を図るとともに、 新しい診断方法と分析手段の確立のために臨床検査部門を含んで構成されています。

 21世紀において、 産業医学が包括する研究領域は、 おそらく予知し得ないほど広範なものとなり、 今世紀後半における産業公害、 有機性物質、 重金属、 環境ホルモンなどの障害因子の検索、 診断、 治療などは産業医学の研究の一分野に過ぎないほど拡大されるのではないかと考えられています。 例えば、 ハイテクノロジーあるいはバイオテクノロジーなどの最新技術の進展に伴い、 その過程で生じる様々な未知の因子を含む副産物が複雑な影響を生命環境に与える可能性が極めて大きいと考えられます。

 以上の観点から、 本専攻系では、 優れた研究設備を縦横に駆使して、 予防をも含めた健康維持増進のための研究を推進できる指導的教育研究者の育成を図っています。 従って、 大学院生として、 臨床医学の基礎を持ち、 将来の産業医学の発展に夢を託す有能な人達に、 そしてまた、 理学、 工学系等の修士修了者にあっては、 それぞれの専門的知識を背景として産業医学の応用と新たな研究分野の開拓に取り組もうとする人達に大きな期待が掛けられています。

 最後に、 学問研究への挑戦は、 21世紀に活用しうるに充分な素地を作り上げることで各自が開拓していく夢多き世界であり、 大山の麓に立つ心境が大事です。


生 体 情 報 系 生理情報部門 第2内科学
(呼吸器病学)
放射線科学
応用生理学
(高気圧治療部)
人間工学
(健康開発科学)
病態情報部門 脳神経外科学
眼科学
耳鼻咽喉科学
麻酔科学
生殖生理情報部門 産科婦人科学
小児科学
臨床検査・輸血部

[文責:教務第1課 更新日:平成16年12月1日]