講義と実習

1) 1年次:早期医療体験・コミュニケーションとは何か

1年次のテーマは、「コミュニケーションの原体験」です。医師を志す者として病む人間に寄り添い、共感するとはどういうことか、について学ぶために、福岡県内の九つの重度心身障害者施設(あゆみの里、北九州市立総合療育センター、北野学園、小池学園、聖ヨゼフ園、久山療育園、ひなた家、方城療育園、やまびこ学園)とキャンプ(療育キャンプ)、さらに二つの特別養護老人ホーム(風の家、もみじ苑)で、患者のケアの体験をする実習を行っています。六つの施設では2泊3日の宿泊研修の形となっていますが、残り五つの施設では通いとなっています。この実習は、1983年から30年以上にわたって継続して行っており、全国の大学医学部の早期医療体験学習の先駆けとなったものです。

この実習の最大の意義は、早期の医療体験で単に医師となるモチベーションを向上させることだけではなく、一人の人間として、コミュニケーションの原体験をしてもらうことにあります。すなわち、言葉によるコミュニケーションが通用しない現場において、相手に共感するとは一体どういうことかについて、コミュニケーションが上手くとれない現実の苦悩の体験を通して、新たな自己への「気づき」と「省察」を深めることに最も意義があります。そのことによって、医学生としての心構えを新たにして、病いを抱えた人間に真に共感するとはどういうことなのかの意識づけと行動変容の原体験となることが実習の目的です。

実習後には、学生主導型のグループ別反省会と全体の体験発表会を行い、さらに各施設担当者全員と教員とで会議を行って実際の学生の様子や次年度に向けての留意点などの確認を行っています(Table 1)。

2) 2年次:生命倫理学・人間の死とは何か・研究発表会

2年次のテーマは、医学史を含めた「生命倫理学」です。医学概論の学問的支柱の一つとして生命倫理学を系統的に学ぶために、まずアルバート・R・ジョンセン(Albert R。Jonsen)(註1)の拙訳『医療倫理の歴史-バイオエシックスの源流と諸文化圏における展開』(ナカニシヤ書店)をテキストとして、ピポクラテスの誓詞から生命倫理学誕生までの医療倫理の歴史的展開について、学生たち自身で他の文献を含めて調べ、グループ別に発表する機会を与えています。

その上で、米国での生命倫理学(Bioethics)誕生の歴史的経緯、インフォームド・コンセントの基礎理論、臨床シナリオを用いた医師役・患者役のインフォームド・コンセントに関するロールプレイ、医療資源の優先順位と配分、人格論、自己決定の意義、自己とは何か、脳死臓器移植の問題点(学外)、尊厳死と安楽死、ホスピスケアの実際(学外)、人間の性とは何か、医のプロフェッショナリズムなどの内容となっています(Table 2)。

また、解剖学実習が始まる学年であることを考慮して、「人間の死とは何か」についてじっくり考える絶好の機会と捉え、京都大学のカール・ベッカー教授の『死の体験』(法蔵館)を題材にして毎回の講義の初めの時間を用いてさまざまな「死の体験」に関する学説を紹介しています[1]。臨死体験や死後の世界に関する宗教観なども含め、医学生としてどのように「死」と向き合ったらよいのかを自分自身でよく考える契機となり、安直なオカルト現象に陥ることがないように、健全な死に対する思考の免疫をつくることが目的です。

さらに、学年105名を10グループに分け、各班がそれぞれ自主的に話し合って生命倫理学に関連する研究テーマを決定し、2万語以上の研究レポートを作成すると同時に、夏休みの最後の週に各班30分間の研究プレゼンテーションの機会を設けて、お互いが研究内容を評価し合う訓練を行っています。参考までに、今年度の研究テーマを表に示します(Table 3)。

なお、標準的な生命倫理教育の内容に関しては、各大学の教員による独自のカリキュラムで行われているのが実態であり、生命倫理に関する必要最小限の標準的な内容を網羅する「生命倫理モデルコアカリキュラム」はまだ存在していません。そのため、ユネスコの『生命倫理コアカリキュラム』、世界医師会(WMA)の『医の倫理マニュアル』、欧州の『生命倫理プログラム』、などの標準的なカリキュラムを参考にして、医のプロフェッショナリズム教育を含めた医学生のための「生命倫理モデルコアカリキュラム」となるように工夫しています。

3)3年次:医療人類学・コミュニケーション医学・漢方医学総論、基礎研究室配属

3年次のテーマは、「医療人類学」です。コミュニケーションの本質は、異文化交流における共感にあるという文化人類学の視点を学びます。ハーバード大学のアーサー・クラインマン教授の『病いの語り- 慢性の病いをめぐる臨床人類学』(誠信書房)をテキストとして、病い(illness)と病気(disease )および疾患(sickness)の本質的な相違に基づき、病いは患者の生活の一部であり、苦悩する(suffering)患者の病いの語りへの共感の大切さと[2]、何故医師は患者とのコミュニケーションでトラブルをもたらすことが少なくないのかを理解することを目的とします。

学生に医療現場の疑似体験をしてもらうために、初診レベルの初級編、日常診療レベルの中級編、対応に困難を極める上級編の医師役と患者役の三パターンのシナリオを用いて実習を行っています。患者の生活文化圏と医師の専門家集団の医療文化圏がいかに異なるものであるかを実感し、コミュニケーションの鍵が共感であることを体験的に理解させることが狙いです。この異文化交流における共感の重要性は、医師のプロフェッショナリズム教育の基盤の一つであり、医療訴訟トラブルの原因と対策に共通していることも併せて講義を行っています(Table 4)。

また、現代医学もある特定の文化が生み出した知識と技術の体系の一つであるとする医療人類学の視点から、漢方医学の現代医療における有用性だけでなく、インド発祥のアーユルヴェーダ医学や全人的医療としての代替補完医療についても誤解が生じないように講義しています。とくに、人間の視覚では認識することができない生命エネルギーである「気」を根本概念とし、未病を癒すことを目標とする漢方医学は、医学概論が究極的にめざす医学体系であるとの認識に立って重視しています。陰陽五行論に基づく五臓、気血水、虚実、表裏、寒熱、六病位などの中国医学の伝統的な病いの考え方は、壮大な宇宙哲学と目の前の病気を癒す実証的な医学を相即的に結びつけた「哲学即医学」であり、同時に「医学即哲学」の体系だからです。

さらに、希望者のみを対象に、夏休みを利用して体験学習を毎年実施しています。体験学習の目的は、医学の対象としての生物学的生命(bios)だけでなく、もう一つの伝統的な生命観である霊的生命(zöe)(註2) を体感することにあります。異文化交流に必要な人間としての根源的な共感は、この霊的生命の共鳴現象であるとの理解に立ち、単に頭だけの理解だけではなく、身心一如のからだ全体で実感することを目標としています。

具体的な実習の内容は、ホスピスケア病棟実習(栄光病院)、漢方診療実習(麻生飯塚病院)、禅体験実習(聖護寺・国際禅道場)、祈りと禅体験実習(真命山カトリック別院)およびフォーカシング実習(修道院・黙想の家)の五つです(Table 5)。

フォーカシング(focusing)とは、元々実存主義哲学者であったジェンドリン(E.Gendlin)がシカゴ大学でロジャーズ(C.Rogers)らとカウンセリングの共同研究をしていく中で開発された共感の技法のことであり、言語化される以前の深層意識にある前概念的な「からだの実感」にフォーカスを当てて、相手が素直な自分の気持ちに触れることを目標としたものです[3]。相手の「心の鏡」になることに徹し、相手が「からだで感じる気持ち」に正直に向き合うことを通して「心の整理」をする共感の技法として、人間関係におけるコミュニケーションの基盤となるものです。この実習は筆者の精神科医の経験を生かして行っています。

なお、後期に実施される基礎研究室配属のために、将来の医学研究者になる者としての心構えとして、医のプロフェショナリズムの観点から「研究倫理」について講義しています.また、基礎研究室配属(10 月〜12 月上旬)の期間では、医学概論教室に配属される学生のために、医療人類学の研究テーマに関して、疫学的手法を用いた研究だけでなく、半構造化面接を用いた質的研究の方法について、入門レベルの内容を中心に指導を行っています。

4)4年次:漢方医学各論・死の臨床・臨床倫理学演習

4年次のテーマは、「漢方医学各論」と「死の臨床」および「臨床倫理学」です(Table 6)。漢方医学各論では、日本漢方の古方派を代表する寺澤捷年が著した『症例から学ぶ和漢診療学』(医学書院)を基本テキストとして、漢方診察実習(脈診・舌診・腹診)を含めた講義を行っています。

漢方医学各論は、気・血・水、陰陽・虚実・寒熱・表裏、太陽病期・少陽病期・陽明病期・太陰病期・少陰病期・厥陰病の各病態認識と代表的な生薬と方剤について、典型的な症例での「証」の決定を通して学ぶことが目的です。漢方の診察法である四診(望診・聞診・問診・切診)の内、脈診・舌診・腹診については、4〜5人のグループ別実習で漢方診察を学び、その結果を漢方特有のカルテに記載する実習を行っています。

4年次の後半のテーマは、「死の臨床」と「臨床倫理演習」です。死の臨床は、日本のホスピス病棟の創始者の一人である柏木哲夫医師が、淀川キリスト教病院のホスピス準備室長だった時代に多くの臨死患者さんとの交流の中で失敗した体験について、NHKの実録映像(1984年)を通して学ぶことを基本にしています。この内容は、ホスピスケアの真髄ともいうべき中身であり、柏木医師が失敗経験から学んだ臨死患者さんとの接し方は、先に述べたところのからだの実感を重視するフォーカシングの技法そのものです。臨床実習に入る直前の教材として、最適の内容であると考えています。

臨床倫理演習は、アルバート・R・ジョンセンらによる『臨床倫理学』(新興医学出版)をテキストにして、まず臨床倫理学の方法である四分割法(医学的適応・本人の意向・OOL・周囲の状況)を用いた基本的アプローチ法(問題点の列挙・情報収集と検討・具体的対応)を学んだ後、臨床症例で最終判断が困難な22のケースについて四分割法を用いた臨床倫理的アプローチが実際にできるようになることが目的です[4,5]。22のケースについて、グループ(5名)別に学会形式で質疑応答を含めた全員参加型の発表会を実施しています。

5)4年次:医療面接実習と客観的臨床能力試験(OSCE)

4年次後期の後半に、客観的臨床能力試験(OSCE:Objective Structured Clinical Examination)のための医療面接実習とOSCE本試験の医療面接教育を2001年度から実施しています(Table 7)。また、医療面接実習とOSCE本試験に患者役として参加していただく模擬患者(SP: Simulated Patient)のための養成講座を毎月1回開催しています。

医療面接の一般的な基本構造は、a)ラポールの形成・患者への対応、b)患者理解のための情報収集、c)患者への教育・調整・動機づけ、の三つであると言われています。言い換えれば、信頼関係を基盤として良好な医師-患者関係を築きながら、正確な診断と検査、治療を行うための患者情報を収集し、患者に対して丁寧なインフォームド・コンセントを行うというのが医療面接の基本ということになります。これを学生同士のロールプレイやSP参加による実習を通して実技中心の教育を行うことになりますが、全国の医学部で一斉に実施される制度化されたOSCEとして、点数確保のためのマニュアル化された指導や医師のマナー教育に陥ってしまう危険性があります。

そのため、医学概論が行う医療面接教育では、患者の病気に対する生物医学モデル(bio-medical model)に当てはめて推量する疾患中心の診断学(disease oriented diagnosis)に終始するのではなく、病いは生活そのものであると捉え、患者への共感を通して、患者本人が人生に苦悩する姿を浮き彫りにしながら受容していく「病いの語り(illness narratives)」としての診察学(illness oriented diagnosis)を目標としています[6]。

6)6年次:アドバンスド臨床倫理学(統合講義)

6年次のテーマは、「アドバンスド臨床倫理学と医学概論の総まとめ」です。医事紛争からみたコミュニケーションの重要性、四分割法を用いたアドバンスド臨床倫理演習(プレゼンテーション)、アドバンスドOSCE医療面接演習、終末期医療のアプローチ法と倫理問題、臨床現場のインフォームド・コンセントの実際、医学概論の生涯にわたる意義と使命、が主な内容です(Table 8)。

5年次の臨床実習が終了し、クリニカル・クラークシップが行われる6年次に現場の医師向けの臨床倫理学を学ぶ意義は大きく、それまでの知識と理論中心の生命倫理学の理解から、リアリティのある実践編の臨床倫理学の重要性を実感しながら理解することを目標としています。

註釈

  1. アルバート R・ジョンセン(1931〜)は、カルフォルニア大学サンフランシスコ校医学部のバイオエシックス准教授(1972)、1987年よりワシントン大学医学の医療倫理学の教授を経て、現在同大学の名誉教授です。イエズス会の司祭出身で、1967年にエール大学で神学博士を取得しています。米国で誕生したバイオエシックス(bioethics)に大きく貢献し、医学研究における生命倫理の基本政策(ベルモントレポート,1979)に深く関与した人物です。日本では、決疑論(casuistry)を応用した臨床倫理学の方法(4分割表)を紹介した臨床倫理の研究者としてよく知られています。
  2. ゾーエー(zöe)を生物学的生、ビオス(bios)を社会的政治的生と二分するG・アガンベンの見方や、ゾーエーには地上の肉的生命と天上の霊的生命の双方の意味があるという見解もありますが、古代ギリシャ時代から新約聖書ではゾーエーが永遠の生命の意味で用いられている(織田昭(2002)『新約聖書 ギリシャ語 小辞典』教文館 p244)ことから、ここでは生物学的生命をビオス、無限定で根源的な霊的生命をゾーエーとしました。

引用文献

  1. カール・ベッカー(1992):死の体験 - 臨死現象の探求. 法蔵館, 京都 pp13-221
  2. アーサー・クラインマン(江口重幸,五木田紳,上野豪志 訳)(1996): 慢性の病いをもつ患者をケアするためのひとつの方法. 病いの語り-慢性の病いをめぐる臨床人類学.誠信書房, 東京 pp303-332
  3. ユージン・ジェンドリン, 池見陽 (池見陽, 村瀬孝雄訳)(1999): 体験過程療法. セラピープロセスの小さな一歩 - フォーカシングからの人間理解. 金剛出版, 東京 pp75-138
  4. Jonsen AR, Siegler M, Winslade WJ (2002): Clinical Ethics - A Practical Approach to Ethical Decisions in Clinical Medicine. Fifth Edition. McGraw Hill, New York pp1-12
  5. Jonsen AR, Siegler M, Winslade WJ(赤林朗, 蔵田伸雄, 児玉聡 監訳)(2006):臨床倫理学 - 臨床医学における倫理的決定のための実践的なアプローチ. 第5版 新興医学出版, 東京 pp261-268
  6. 藤野昭宏(2005):臨床倫理としての共感的態度教育の実践と思想 -「医療面接」教育の根源を探る. 理想 675:34-47