角膜内皮移植

はじめに

「見える」ということは、眼球のあらゆる組織が 元気であることが必要です。その1つに角膜という組織があります。角膜は、眼球の表面にある約 0.5mmの厚さのレンズです。5層構造をしており、光を通す役割、外界からのバリアとしての役割、光を屈折させる役割を担っています。5層構造の一番内側の層である角膜内皮細胞層の働きが低下すると、角膜は浮腫を起こし、透明性が低下します。 今回は、角膜内皮細胞の機能低下が原因で視力が低下する疾患である「水疱性角膜症」と、その治療法である「角膜内皮移植」についてご説明します。

角膜内皮細胞は、ポンプ機能とバリア機能があり、角膜全体の水分量を調整し、角膜透明性の維持に貢献しています。この角膜内皮細胞は、ヒトにおいては年齢とともに少しずつ減少し、増えることは ありません。また、ぶどう膜炎や急性緑内障発作といった眼疾患、レーザー虹彩切開術や白内障手術などの眼手術による負担やコンタクトレンズの長期装用によっても減少します。角膜内皮細胞が大幅に減少すると、ポンプ機能やバリア機能が衰えるため、 角膜内に水が溜まって角膜浮腫を起こしてしまいます。角膜浮腫が起こると、角膜の透明性が落ちて視力が低下します。 また、角膜浮腫の状態が続くと角膜の表面に水疱が形成され、見えづらさに加えて強い痛みが出てきます。

水疱性角膜症の治療は、濁った角膜を透明な角膜と交換する角膜全層移植術と角膜内皮層だけを移植する角膜内皮移植という2つの方法があります。以前は、角膜内皮層を含む全ての層を透明な角膜と交換する全層移植が主流でしたが、10年ほど前から角膜内皮層だけを移植する方法が日本国内でも普及してきました。 角膜全層移植は、古くから行われている手術法ですが、拒絶反応、縫合糸からの感染、外力への脆弱性、術後乱視など術後に多くのハードルが待ち構え ていました。 一方、角膜内皮移植では、拒絶反応の頻度低下や、外力への耐久性、術後乱視の軽減、術後感染のリスク軽減などたくさんのメリットがあります。何より角膜全層移植ですと術後の視力が安定するのに1年程度必要ですが、角膜内皮移植の場合は術後2ヶ月~半年程度で視力が安定します。角膜内皮移植も当初は、様々な合併症が報告されていましたが、いろいろな工夫がなされ、安全で安定した手術が行える時代になってきました。そのため、当院でも2016年に角膜内皮移植を開始しました。

担当:渡部 晃久

実際の治療例 実際に当院で角膜内皮移植術を受けられた患者さんの例をお示しします。 急性緑内障発作に伴う角膜内皮細胞の減少のため、角膜内皮機能障害を起こされていました。「霧の中にいるみたい」と見えづらさを自覚されていました。術前の視力は裸眼視力、矯正視力(メガネで矯正した視力)ともに0.07でした。2017年2月に角膜内皮移植術を行い、4ヶ月後の6月には、裸眼視力は0.4、矯正視力は0.7まで回復されました。「霧 が晴れました」と現在も非常に喜ばれています。

当院での角膜内皮移植の特徴

角膜内皮を移植するためには、ドナーから頂いた角膜から内皮層だけをシート状にカットする必要があります。シート状にするためには特殊な器具が必要であり、特殊な器具を用いてもうまく出来ずに手術が中止になることもあります。当院では、不慣れな操作による角膜内皮細胞へのダメージを軽減し、急な手術の中止を避けるために、あらかじめ専門機関でシート状にカットされた角膜を使用しています。 角膜内皮移植は、全身麻酔で1時間程度の手術です。角膜に5mm幅の入り口を作り、シート状の角膜内皮を挿入します。その後、目の中に空気を入れ、空気の力で角膜内皮を角膜の内側に貼り付けます。手術中および手術後3時間は患者さんに仰向けの姿勢を取っていただくことで、角膜内皮がしっかりと接着します。移植する角膜内皮は、100~120μm と非常に薄いため、少し触れただけでもダメージを受けて、細胞の数が減ってしまいます。特に眼内に挿入する際のダメージが一番大きいとされており、今までたくさんの方法が開発されてきました。当院では、最も新しい挿入器具を用いてより安全に、質の高い手術を目指して角膜内皮移植を行っています。

おわりに

今回は、水疱性角膜症で視力が低下している患者さんに対する角膜内皮移植という治療法についてご説明しました。手術について詳しい話を聞きたいとお考えの方は、ぜひ一度ご相談ください。水疱性角膜症に至った経過など、詳しい情報が必要ですので、かかりつけ医からの紹介状をお持ちください。一人でも多くの患者さんが、この治療法で視力を取り戻すことができることを望んでいます。