職業性腫瘍学 研究活動

 職業性腫瘍学の主な研究目的は労働者の癌発生を予防することにある。この目的を達成するために労働環境中の変異原物質、発癌物質の検出、同定を行い、それらの物質のヒトへの影響について研究を行っている。労働安全衛生法では、新規化合物の有害性調査制度の中で、発がん性を予測する目的で、微生物を用いた変異原性試験の実施が規定されている。しかし、アスベストのように微生物の系で変異原性を示さない発がん物質の存在が知られ、酸素ラジカルによる発がん機構が注目されるようになった。酸素ラジカルは放射線や他の多くの発癌物質により生じ、また生体内では酸素の代謝過程でも生じる。酸素ラジカルによる8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG)の生成が報告され(Kasai, et al., Nucl.Acids Res.12, 2127-2136, 1984)、電気化学検出器を用いた8-OHdGの簡便かつ高感度検出法により細胞DNA中の8-OHdGの分析が可能になった。近年では、HPLC-ECDを用いたヒト尿中8-OHdGの自動分析技術を開発し、労働者の健康維持に関わる酸化ストレスの評価指標として応用している。最近では、唾液を用いた生体内酸化ストレスの評価が研究テーマの1つとなっている。

 本年度(令和4年度)よりがん細胞の代謝解析、再生療法、メダカモデルを用いた脂肪肝などの生活習慣病研究についての研究を開始しており、産業衛生分野での活用を目指した研究を行っている。がん細胞では正常細胞と比べ代謝が大きく変化する。特にWarburg効果といわれる解糖系優位な代謝状態になることがよく知られている。当研究室では細胞内エネルギー代謝に着目した治療法の開発や発がん過程のバイオマーカー検索などを検討している。また近年、肥満患者・メタボリックシンドローム患者数の増加に伴い、肝線維化・肝癌へと進展する恐れのあるNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)の有病率は増加傾向にあることから、NASH病態解明のためモデル動物(マウス・メダカなど)を用いて代謝産物解析や酸化ストレスなどの評価も行っている。

 

研究内容

 ・  環境変異原物質の分析

 ・  酸素ラジカルによる発がん機構

 ・  DNA損傷の分析による化学物質のリスク評価

 ・ 精神ストレスと酸化ストレス

 ・ 受動喫煙と酸化ストレス

 ・  環境化学物質によるエピジェネティクス異常と発がん

   ・ 産業衛生分野における遺伝カウンセリングの役割

   ・ がんの代謝解析

   ・ 生活習慣病と発がんに関する研究

酸化ストレスと健康

 産業医学分野では、化学物質による健康影響がテーマの一つとなっている。発がん物質の多くは、生体内での活性酸素生成を介して酸化的にDNAを損傷することがわかってきた。さらに、環境化学物質による外因性活性酸素に加えて、ライフスタイル等により生じる内因性活性酸素が、がんや生活習慣病に密接に関わるとされる。8-OHdG(8-ヒドロキシデオキシグアノシン)は、多くの発がん物質等により発生する活性酸素・フリーラジカルが、核酸塩基と反応して生じる。産業医学分野で、化学物質による健康影響を評価する際、有効なバイオマーカーの存在が欠かせない中、8-OHdGは、酸化ストレス評価のもっとも優れたバイオマーカーの一つと考えられる。実際に8-OHdGは、疫学研究の指標として用いられる事が多い。当研究室では、産業化学物質の発がんリスク評価、健康維持のためのライフスタイルや健康食品の開発、検索などを目的に、尿中8-OHdGなどの分析を行っている。最近では、尿に比べてサンプリングしやすい唾液中の酸化ストレスマーカーの検討を行っている。

DNA付加体

発がん性物質の多くは、DNA塩基に付加体を形成することで、突然変異を介して細胞をがん化させる。DNA付加体を検索することは、未知物質の発がん性スクリーニングとして有用である。DNA付加体の多くは、代謝により尿などに排泄されることから、尿中のDNA付加体を調べることは、化学物質等のリスク評価に繋がる。

職業関連疾患の罹患リスクと易罹患性遺伝子の関係

労働者の健康維持や疾患の予防を目的とした適切な遺伝情報活用に向けて、職業疾病に関わる易罹患性遺伝子と罹患リスクの関係を検討している。

主な研究テーマ

  • 酸素ラジカルによる発がん機構
  • DNA損傷の分析による化学物質のリスク評価
  • 環境中の変異・発がん物質の分析
  • 抗酸化物質の検索と評価
  • 環境化学物質によるエピジェネティクス異常と発がん
  • 労働者の疾患予防に向けた遺伝情報の活用

【文責:職業性腫瘍学、更新日:2020年6月30日】