令和8年度産業医科大学入学式が挙行されました
令和8年度 入学式 が4月3日(金)10時から挙行されました。
学長式辞は、以下のとおりです。
令和8年4月3日
令和8年度入学式 式辞
学 長 堀江 正知
新入生の皆さん、本日ここに、医学、看護学、産業衛生学の道を志す新たな一歩を踏み出されることを、産業医科大学を代表して、心より歓迎し、お祝いを申し上げます。また、本日まで皆さんを支え、励まし続けてこられたご家族の皆様にも、深い敬意と感謝を申し上げます。
人々の生命と健康を支える医療の本質を端的に表した言葉として、ヒポクラテスの言葉をご紹介します。
Ars
longa,
vita
brevis,
occasio
praeceps,
experimentum
periculosum,
iudicium
difficile.
医の術を修得するには長い年月を要すが、人生は短く、医療の機会は瞬く間に過ぎ去り、医療の試みには常に危険が伴い、臨床の判断は極めて困難である
医療は、膨大な知識を要しますが、それだけで成り立つものではありません。その時その場でその人にとって最善の判断をしなければならないのです。
医師、看護職、労働衛生専門職は、社会から深い信頼を託された職業です。二千年以上にわたり、無数の医療職が、学び、悩み、経験を積み重ねつつ築いてきた知識と倫理の伝統に、今日から皆さんが加わるのです。
もう一人、医師であり哲学者であったマイモニデスの祈りをご紹介します。
May
I
never
see
in
the
patient
anything
but
a
fellow
creature
in
pain.
患者の中に、痛みに苦しむ仲間以外の何ものも見ることがありませんように。
その人の地位や名誉、経済的な豊かさ、社会的な立場、あるいは自身の偏見によって、患者
を見てはならないという戒めです。彼はさらに次のように祈っています。
これまでに得た知識を常に修正し、その領域を広げるための強さと時間、そして機会を私にお与えください。知識は果てしなく、人間の魂は日々新たな糧を得て、無限に自らを高め続けられるものなのですから。
生命や健康に関わる専門職とは生涯にわたって学び続ける職業なのです。
現代の医療は、厳密な科学の上に成り立っています。診断や治療は、経験や慣習ではなく、検証された科学的根拠によって遂行されなければなりません。同時に、医療は倫理の実践でもあります。患者の尊厳を守り、危害を避け、公正と誠実を重んじる倫理観が不可欠です。
近代臨床医学の礎を築いたウィリアム・オスラー医師は、次のように述べています。
The
good
physician
treats
the
disease;
the
great
physician
treats
the
patient
who
has
the
disease.
優れた医師は病気を治療するが、真に偉大な医師は病をもつ人そのものを診る。
医師とは、科学を学び続けながら、人の苦しみに向き合う職業です。医療職が一方的に治療方針を決定するのではなく、患者との対話を通じて共に考える共有意思決定、すなわち
shared
decision
making
が重視されており、患者の自己決定
autonomy
の尊重が基本となっています。
これらの思想は、産業医科大学初代学長の土屋健三郎先生が起草された「建学の使命」に「人間愛に徹し、生涯にわたって哲学する医師」という言葉で記されています。
そして、医学の使命は、病気の治療にとどまりません。中国の古典医学には、「上医は未病を治す」という、病気を未然に防ぐという思想がありました。そして、唐の孫思邈は「上医は国を医し、其次は人を医す」と述べ、後世には「上医は国を治し、中医は人を治し、下医は病を治す」と語られるようになりました。これは、医学の役割が個人の治療にとどまらず、社会の健康を守るところまで広がることを指しています。
この視点は、「建学の使命」に掲げられた「人類のより良い生存をかちとるための新しい福祉社会を樹立すること」という理念にも表されています。働くことは、国民にとって生活の基盤であると同時に、生きがいや尊厳とも結びついています。働く環境の中で健康を守り、疾病を予防し、そして病気を抱えながらも社会の中で生き続けることを支える医師、看護職、労働衛生専門職を育てることが本学の目的です。
本学の医学部では医師免許取得後のキャリア形成を支援する卒後修練課程を設置しており、産業医学の専門医を目指すコースと、専属産業医の経験を基盤に臨床医学の専門医を目指すコースがあります。他の大学では体系的に学ぶことが難しい産業医学の知識と実践的技能を修得できるよう、経験豊かな指導者による教育体制が整っています。また、産業医科大学病院は、「治療を、そして働くことをあきらめない医療」をめざしています。治療を受けた人が社会の中で働き続けることを支える医療を実践していることが大きな特徴です。2030年代以降、わが国は医師過剰の時代を迎えます。一方、就業者の減少と高齢化が進み、持病を抱えながら働く人々はさらに増えるでしょう。その時、職場や作業の実態を理解しながら働く人々の健康を支える産業医学を修得した医師は、明確な専門性を持つ医師としてますます重要な存在になります。
また、産業保健学部にも、本学ならではの特徴があります。産業衛生科学科には、国際標準の労働衛生専門家であるハイジニストを養成するわが国唯一の教育課程があり、看護学科には、働く人々の健康の保持増進に寄与する産業看護職を育成する教育課程があります。
皆さんに、これから修得してほしい能力があります。それは、洞察力です。近年、医療において、臨床検査や画像による診断技術はめざましい発展を遂げ、AIが診断名を提案する時代になりました。しかし、医療は、データ解析だけで成り立つものではありません。診察室でほほ笑む患者や職場で元気に働いている人が、実は、将来の生活への不安、仕事上の失敗による落胆、大きな損失による悲しみを抱えているかもしれません。職場で使用される有害な化学物質には、色も匂いもなく、気づくことができないものもあります。何気ない床の凹凸が、夜間には見えづらく、転倒の危険につながることもあります。医師、看護職、そして労働衛生専門職には、目の前に現れている事実から真実を見抜く洞察力が求められます。異なる状況を想像し、叫ばれない声に耳を澄まし、わずかな表情や言葉の背後にある思いを感じ取る力です。その洞察力が、適切な判断を導きます。
もう一つ大切なものがあります。皆さんがいまここに集うことができたのは、自分の力だけではないはずです。今日まで育ててくれた家族、支えてくれた恩師や恩人、楽しい時間をともに過ごした友人のことを思い浮かべてください。その人が病に直面したときに支えることができる知識と技術を身につけ、真っ先に相談され、信頼される専門家になってほしいのです。大切に思う人たちをいつも身近に感じる心、すなわち利他の心こそが、生涯にわたって学び続ける原動力になるでしょう。
保護者の皆様に申し上げます。本学における学修には長い年月を要し、大きな負担が伴います。本学は学生の成長を支える体制を整えています。どうか大学との良好な連携を保ちながら、学生を温かく見守っていただければ幸いです。初めて親元を離れて一人暮らしを始めるお子様の安全や健康を心配されている方もおられると思います。本学は学生総数約1,000
名であり、学生一人ひとりに目が届きやすく、仲間と身近に交流しながら多様な人間関係を築くのに適した環境です。両学部の学生がともに参加する課外活動も活発で、学部を越えたつながりが育まれています。さらに、指導教員制度をはじめ、保健センターや学生相談室など、学修と学生生活の両面を支える体制を整えています。
皆さん、どうか安心して新しい生活に踏み出してください。大学で出会う仲間には、生涯にわたる友人がきっと見つかるでしょう。多くの知識や技術も、仲間とともに学ぶことで確実に身につけることができます。
医療に携わる者は決して奢ってはなりません。専門知識を持つことは特権ではなく責任です。患者や働く人々を自分の大切な家族や友人のように思い、敬意と共感をもって接してください。医学、看護学、産業衛生学の道は長く、判断は容易ではありません。しかし、その道の先には、人の生命、健康、尊厳を支えるという、この上なく尊い使命が待っています。一人ひとりが長い道を歩み続け、働く人々を含む社会の健康と未来を支える医師、看護職、労働衛生専門職として大きく成長されることを心より祈念いたします。どうか志を高く持ち、学び続けてください。
新入生の皆さんの前途を祝し、私の式辞といたします。











