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令和7年度 卒業式が3月3日に挙行されました

 令和7年度卒業式 が3月3日(火)10時から挙行されました。

 学長式辞は、以下のとおりです。

令和7年度 卒業式 式辞

 ご卒業おめでとうございます ―駿馬の如き活躍を願って―

 学長  上田 陽一

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 本日、産業医科大学を巣立つ皆さん、ご卒業誠におめでとうございます。教職員を代表しまして心から皆さんのご卒業をお慶び申し上げます。この日を待ち望んでおられた保護者の皆様、後援会の皆様、そして関係者の皆様に心よりお祝い申し上げます。
 この度、皆さんは医学部においては43 回目、産業保健学部看護学科では4年制に改組後27 回目、環境マネジメント学科から改称後の産業衛生科学科では3回目の卒業生となります。そして、卒業と同時に医学部同窓会の龍ヶ池会、産業保健学部同窓会の欅風会の一員になります。

 私は、第10 代ながら卒業生初めての学長として就任以来、“母校愛を深め、愛校心を育み育てる”ことを使命としてきました。本学は、卒業生同志の絆がとても強いことが特徴です。医学部同窓会、産業保健学部同窓会の他にも、医学部・産業保健学部の卒業生で構成されている“産業医学推進研究会(略称:産推研)” は「All産業医大」を合言葉に活発に活動していますし、女性医師の会である“アリスの会”(米国産業医学のパイオニア・女性で初めてハーバード大学で教授に准ずる地位に就任したアリス・ハミルトン先生のお名前にちなんで命名)、関東地区・産業保健職のネットワークである“おきゅなす(オキュペイショナルヘルスナースの略称)の会” などが皆さんを温かく見守りながら参加をお待ちしています。

 さて、令和8年(2026 年)、今年の干支は「丙午(ひのえうま)」(十干「丙(ひのえ)」、十二支「午(うま)」)です。産業医科大学は、昭和53(1978)年の「戊午(つちのえうま)」(十干「戊(つちのえ)」と十二支「午(うま)」)という相性のよい組み合わせの年に開学しました。本学は、2年後の令和10(2028)年には開学50 周年を迎えます。そして、次の午(うま)年には開学60 周年を迎えることになります。
 “人間万事塞翁が馬” という諺(ことわざ)があります。皆さんは、高校生活から本日の卒業式までには、受験勉強や学生生活において決して順風満帆なものではなかったことでしょう。

DSC_5227(切り抜き).jpg 北九州市では2020年3月1日に新型コロナウイルス感染症患者が確認されて以後、市内の感染対策は厳重になり、本学の卒業式や入学式などの行事は制限され、学生は毎朝体温などの健康チェックを行い、学生講義や実習の多くは中止やオンライン実施に変更となりました。体育会・文化会などの課外活動も制限され、九州山口地区医科学生体育大会、西日本医科学生体育大会や音楽系サークルの定期コンサートなども中止が相次ぎ、何度も緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などが発出されて不安な日々を過ごしました。大学生活に夢と希望を抱いて入学した皆さんにとって思ってもみなかった事態でした。しかし、皆さんがこれから産業保健や医療に携わっていく中で、この経験は何にも代えがたいとても貴重な体験であったことに気がつくはずです。まさに、“人間万事塞翁が馬です”。

 昨年11月1~3日に穏やかな秋空のもと、第45回医生祭が開催されました。医生祭は、医学部と産業保健学部の皆さんが協働して一つの目標に向かい大学全体が一体となる貴重な機会です。昨年の医生祭のテーマは“蒼天祭”、雲の上は青空という「雲外蒼天」という四字熟語から名付けたそうです。困難に直面してもそれを乗り越えればその先には輝かしい未来が拓けることを意味しています。ぜひ、皆さん、この言葉の意味を噛み締めてください。私が医生祭の学生実行委員だったときのテーマは“真っ白なカンバスに何を描くか” でした。皆さんが本学に入学した時の真っ白なカンバスはいま一人ひとり思い出でいっぱいのことでしょう。

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 皆さんは、これから医師、産業医、看護師、保健師、作業環境測定士、衛生管理者などの国家資格を取得します。医師、看護師、保健師の国家試験合格率において、近年好成績が続いているのは、教職員のきめ細かな指導・支援をもとに何よりも皆さんの日々の努力の賜物です。産業衛生科学科の卒業生においては産業医大認定ハイジニスト制度が一昨年度の卒業生より適用され、職場での化学物質管理専門家としての活躍が期待されています。皆さんには、それぞれの分野のプロフェッショナルであることの自覚を持って産業社会からの熱い期待に応えて活躍してほしいと願っています。

 初代学長の土屋健三郎先生は、 “産業医科大学は人間愛に徹し、生涯にわたって哲学する医師・医療従事者を養成する” と本学の建学の精神をこの言葉に凝集しました。1992年3月の最終講義の結びには “我々は、すべての労働者が健康を享受する環境を整備し、国際的視野にたって全人類の福祉に全力をあげて奉仕すべきである”と述べられました。
 この精神は現在も受け継がれ、コロナパンデミックのため停滞していた国際交流事業も活発になり、最近では3年連続で産業医大国際シンポジウムが開催されて多くの国々から産業医学関連の研究者がここラマツィーニホールに一堂に会しました。産業生態科学研究所が産業保健分野におけるWHO指定協力機関を更新し、ILO やアジア諸国を中心とした数多くの大学等と基本合意書(MOU)を締結しています。一昨年末には「産業医学の父」ベルナルディーノ・ラマツィーニ医師が著書「働く人の病」を出版した1700 年に教授に就任したイタリアの名門校パドヴァ大学とMOUを締結することができました。パドヴァ大学では、ガリレオ・ガリレイなどの著名な学者が教鞭をとったことや近代解剖学・病理学を確立した大学としても有名です。

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 産業医科大学は、開学60 年を超える2040 年の本学の到達点として「産業医大未来構想2040」を策定し、“働く人々の命としあわせをまもるオンリーワンの大学” としてこれからも発展し続けることを目標に掲げています。なお、昨年12 月1日より大学ホームページに開学50 周年記念事業のページが開設され、趣旨・事業概要等が掲載されています。今後、2年後の令和10(2028)年に本学開学50 周年を迎える準備が本格化します。
 産業医学臨床センターおよび両立支援室を擁する急性期診療棟が3年前の2023年8月17日に診療を開始し、” 治療を、そして働くことをあきらめない”をスローガンに北九州医療圏唯一の特定機能病院として高度急性期診療を担ってフル稼働しています。

 産業医科大学で共に学び、ここで出会った仲間たちは高い志を同じくする生涯の同志であり、そして母校はいつまでも皆さんの母校であり、皆さんを見守り全力で応援し続けます。皆さんは、医学部医学科、産業保健学部看護学科・産業衛生科学科という異なる学科を卒業するのではなく産業医科大学の卒業生となるのです。お互いに協働して産業医科大学の設立目的を成し遂げていただきたいと願います。
 皆さんが、卒業生として元気に活躍し、ひかり輝くことは産業医科大学を元気にします。産業医科大学が元気であれば卒業生もきっと元気になると信じて私たちも一生懸命に大学の発展に努力します。

 皆さんが輝かしい未来に旅立つという今日という門出の日にこうしてお祝いすることができるのはこの上ない喜びです。在学中に培われた高い志と経験、人との絆は必ず将来の財産になることを添えて、皆さんへの餞(はなむけ)の言葉にしたいと思います。 

ご卒業おめでとうございます!


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