センター長ご挨拶

高年齢労働者産業保健研究センターの現況と展望



高年齢労働者産業保健研究センター長・教授 財津 將嘉

 

 当センターは、高年齢労働者の増加に伴う労働災害の予防と産業構造の変化による新たな課題に対応することを目的として、令和4年4月から実働を開始しました。高年齢労働者は増え続けており、労働災害における高年齢労働者の占める割合も増加しています。よって、高年齢労働者の健康確保に関係する各部署と横断的に研究調整を行い、大学全体としての高年齢労働者に特化した研究の推進に貢献すること、高年齢労働者の労働衛生に係る教育研修及び産業保健専門職を養成することを目標としています。
 また、公衆衛生学、社会疫学、臨床疫学などの研究も実施しており、博士課程にも組み込まれています。 高齢社会を支える労働力と労働安全の確保は世界の共通課題です。日本では、令和3年4月に改正「高年齢者雇用安定法」が施行され、70歳までの定年延長が努力義務として組み込まれています。最新の労働統計では、令和3年度の雇用者全体に占める60歳以上の高齢者の占める割合は18%であり、労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の高齢者の占める割合は26%です(労働力調査、労働者死傷病報告)。日本は世界一の高齢社会であり、近い将来には「人生100 年、生涯現役」となるでしょう。
 しかし、加齢に伴い身体・感覚・生理・精神機能が低下します。 高年齢労働者の労働災害のリスクは上がり、問題解決は一筋縄にはいきません。 今後は、高年齢労働者の機能低下を可能な限り緩やかにする「個」の予防視点と、職場や生活環境を整えるシステム」としての予防視点の、双方を持った予防対策が必須となります。特秘性の高い個別案件については、国の研究機関が実施しています。しかし、日本の高年齢労働者の労働災害及び業務上疾病の詳細な実態把握と分析について、行政機関等が公開している単純な記述統計だけでは「科学的」に十分とは言えません。その背後に隠れている因果推論のストーリーが具体的に見えてこないと、エビデンスに基づいた労働衛生政策が実施できません。
 そこで、当センターは、公開されている労働統計の資料を用いて、がん疫学などで実施されている分析手法を応用した疫学研究に着手しています。 同じようなデータを用いて、何を語り、何を伝えるかというのは、科学者としての腕の見せ所です。また、身体・感覚・生理・精神機能低下には、若い頃からの生活習慣も影響します。そのため、研究所と病院が同じ敷地内にある産業医科大学の強みを活かして、大学病院患者の詳細な職業背景と生活習慣を分析可能な、病院の共通システムとして利活用できる研究データベース構築に取り組んで行きたいと思います。
 また、産学官連携を実践し、分野を超えた学内外の連携も深めたいと思います。
 最後に、何よりも大切なのが「科学者」の育成です。人や職場が抱えている問題を解決できる、研究マインドと情熱を持った「科学者」を育成していきたいと思います。

略歴

ラ・サール高校、九州大学医学部卒業(2003年)。東京大学医学部泌尿器科学教室に入局後、臨床医を経て2016年東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻博士課程修了。同年、東京大学医学部公衆衛生学教室 助教、ハーバード公衆衛生大学院社会行動科学部門リサーチフェロー、2020年獨協医科大学医学部公衆衛生学講座准教授。2022年より産業医科大学高年齢労働者産業保健研究センター 教授・センター長。社会医学系指導医、日本医師会認定産業医、日本泌尿器科学会指導医、麻酔科標榜医。